2009年6月19日 (金)

思い出さなくなることってなんだろう 思い出さなくなることってなんだろう

僕は何者なのか 僕たちは何者なのか
何故生まれてきたのか 何故死ぬのを待つのか 生まれた瞬間から死ぬのを待つ
環境がよくなったから何になるのか 名が残るから何になるのか 「自由を仕方なく泳いでる」
ただ、人と気持ちが繋がるのはうれしい
僕は何者なのか
死んだらどこに行くのか ポリーは今どこにいるのか おばあちゃんは? ひいおばあちゃんは?
ホウちゃんは? メゾは? ザリガニは? カメは?
花は何故綺麗なんだ 僕の夢は何だろう
僕とは誰を指すのか 僕とは誰を指すのか ぼくとは、だれをさすのか
何故生きることはこんなにも厄介なのか
僕は、歩くのが好きだ 電車とか、車に乗るのはあまり好きじゃない
あと1日生きるのと あと100年生きるのとどう違うのか
みんなで歩くのが好きだ 生き物が好きだ

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2009年6月 3日 (水)

手がかり
 東京は下町葛飾区のお花茶屋という街で、ぼくは育てられました。葛飾区は東京二十三区の中でも不良少年、少女が多く、学力の低い地域と言われていて、特に中学生の頃は、友達と夕方までサッカーをしたり、近くの祭りに遊びに行ったりすると、よく怖い年上(場合によって年下)の兄ちゃんに絡まれて、非常にスリリングな思いをした事が何度かありました。ぼくは喧嘩を見るのは好きですが、するのは嫌いなので、絡まれたら相手を逆なでしないよう、言動に注意していましたが、それでも痛い思いは何度かしました。小学生の時も教室で机を投げられたり、休み時間に呼び出されてサンドバックにされたりもしました(今では結けっこう良い思い出ですが)。そんな土地柄のせいか、中学の頃の友達のうち半数ぐらいが高校を卒業したあと大学には進まずに、今では立派な社会人になっていて、エレベーター修理の仕事をしていたり、お父さんの会社(業務内容はよく分からない)を継いでいたり、二児の母になっていたり、スタジオミュージシャンを目指していたり、街の企業で商品開発をしていたりと、こういう訳なので、みんなが集まる同窓会では、その人の経験に基づいたいろんな話を聞く事ができて、凄く”ため”になります。
 高校は文京区の進学校に進みましたが”自由な校風”がモットーの、制服の無い、校則もただひとつ(構内では上履きを履きましょう)だけという、ちょっと変わった公立高校だったので、そこでもいろんな人と出会いました。中学で既に三〜四股をかけていたり逆ナンパされたりしてる人とか、パチンコで毎回一万円近く稼ぐ人とか、ロックが好きで、毎日革ジャンを着て学校来る人とか、今考えると本当に変な人目白押しだなあと思います。そしてここで出会った橋本君(東京芸大の先端表現学科に進学)という、”すごく”変な奴の影響で、ぼくは美術大学に進む事を決めました。
 そういう経緯を経てぼくは武蔵野美術大学の試験を受け、めでたく現役でムサビに入学しました。ここはとても環境の良い学校だと思います。例えば版画の授業を取ると、実際に作家活動をしている先生に作品を講評して頂けたり、社会学演習の授業を取るとフィールドワークのノウハウが学べ、実際にフィールドワークしたものを発表する機会を頂けたり、基礎デザイン学科の授業を取るとバックミンスターフラーの”シネジェティクス理論に基づいた造形”なるものをつくる機会を頂けたり、デザイン情報学科の授業を取るとプレゼンテーションの実践について学べたりと、非常に多岐に渡る分野で授業を展開していて、本当に素晴らしい学校だなあと思います。しかし学生はなんとなく、同じような雰囲気の人が多いな。と思っています。何故でしょうか。これはぼくにとっては大変興味深いテーマです。

普通の人と変な人
 入学当初、ぼくは美術大学について、変な人の寄せ集めみたいなイメージを持っていましたが、いまでは「高校の方が変な奴ばっかりだったなあ」と、ちょっと感傷に浸ってしまいます。ムサビで変な奴はとことん変わっていて、それはちょっと天然記念物ですが、割合で行くと一割が「天然記念物」、二割が「国宝」で、のこり七割は「普通のひと」に分類されてしまうのではないかと思うほど二極化しています。「変な集合の中で、なおかつ個性的になろうとすると、結果的に普通になっちゃう」という理論を橋本君が唱えていましたが、これは言い得て妙だと思います。
 話が逸れました。この「なんとなく同じような雰囲気の人しか集まらない現象」は美術大学に限らず、大学という教育システムが宿命的に背負わざるを得ない問題です。

建築
 この時代に建築を学ぶにあたって「まわりに似たような雰囲気の人しかいない」というのはちょっと危ない事だと思います。これから社会は各自が各自のストーリーの中を自由に生き、それで成熟する方向に向かっていくと思いますが、建築はどのストーリーにも、例外無く関わってくる分野です。そんな分野の人が、ある一定の軸に沿ったストーリーしか知らないままプロとして仕事をし始める。という危険性を、大学の建築学科は秘めています。

個性
 「自分探し」とか「本当の自分」という言葉が何年か前に流行りましたが、今ではその考え方が自明なものになりつつあります。これは欧米のキリスト教文化に基づく思想です。
社会学者の宮台真司さんが『学校を救済せよ(一九八八年学陽書房)』の中で次のように述べています。
『ローカルな共同体的システムに依存した自尊心が広がりすぎている。例えば、官僚制的なシステムの中で肯定的に評価される事を自尊心の糧にしていれば、官僚制度を変える事に動機づけをもち得るはずがないわけです。その点については、日本人が欧米のユダヤ=キリスト教文化のように、「自分だけの内面」に呼応する神を持たないことが、やはり背景にありますね。どうしても自分の属する共同体に自尊心をゆだねてしまって、共同体への利害に自分自身を同化させてしまうことが起こりがちになるわけです。』
 ぼくが古い人間なのかもしれませんが「本当の自分」なんてものは無いと思っています。ひとは一人では成長できません。どんなに博識で頭が良い人も、何も知らない赤ん坊の時代があります。基本的に”知識”は環境から入力されるものです。A君がいて、B君からある話を聞き、その内容をC君に伝えたときに、A君は心の中にB君をそっくり住まわせ、それをC君に伝えますが、C君からしたらそれはB君の言葉ではなく、A君の言葉です。A君がD君からも話を聞き、B+Dの内容をC君に伝えたとしても、C君からしたらそれはA君の言葉です。それがA君の「個性」です。個性とは全て、ここでいうA君のようなパターンでしかありません。自分の中をいくらさがしても、そこから個性は見つかりません。そんなことをすればするほど自分の世界の中に閉じこもってしまい、結果的に「普通」の人になってしまいます。個性は、第三者(ここでいうC君)が関わってきて初めて生まれるものです。人と人とのコミュニティの中でのみ個性は存在します。ぼくはこれを「鏡を見ない生き方」と言っています。

排他的内向馬鹿
 日本人は伝統的に共同体体質なので、すぐにはキリスト教的な「個性は自分の中にある」という価値観に馴染めない。(しかも当人がそれに気付いていない現状がある)それでも、欧米のキリスト教文化(と、対応する資本主義という考え方)が基本的なモデルとなっている今日の世界では「本当の自分」という考え方が自明なものとなっています。それまで自分を肯定してくれたはずの地域共同体や家族共同体はいまや空洞化してしまいました。すると当たり前ですが、わたしたちの心の中に取り残された「共同体意識」と「本当の自分という意識」が摩擦を起こします。その結果人々は、自らの心の中に新しい世界(共同体の代わりになるもの)を作り出し、そこに属することで実存の糧にしようとします。自ら作りだした内向世界の中に浸り、それで満足してしまう傾向が見られるということです。自分が今興味を持っているもの以外は「興味ない」と平気でつっぱねる馬鹿があまりにも多いです。
 フランスの作家ユイスマンスの小説「さかしま」の中で主人公デ・ゼッサントは、「生産」を至上の価値とする世の中のすべてに嫌気がさし、こうした社会的な影響力から遠く逃れ去るため、パリ郊外にある小さな屋敷に隠遁し、部屋の内装や植物に多額のお金をかけて自らの「夢の世界」をつくり恍惚に浸ります。この小説は百年以上前にかかれたものですが、まさにこのような「さかしま的現象」が現代の日本人の精神世界の中で無意識のうちに起こっています。(しかし、デ・ゼッサントはあらゆる芸術、文学、宗教に精通し、そのなかで自ら好みのものを選び抜いていきました。現代の日本人は「何も知ろうとしない、攻撃的なデ・ゼッサント」です。これは救いようがありません)

音楽雑誌界
 先日、武蔵野美術大学の講師でもある佐々木敦先生が主催している「楽しい音楽」というイベントに行ってきました。「音楽雑誌編集長大座談会」なる企画があったのですが、そこで佐々木先生が”いま洋楽が面白いのに、読者の食いつきが悪いのは何故か”と言う問題について『リスナーの音楽の趣味が固定されている。「私はこれが好き!」という具合に、趣味のクラスター化が進んでいる。』みたいなことをおっしゃってました。またここ最近ミリオンヒットが少なくなっているのに、CDの出荷枚数は減っていないという事態が今のCD界で起こっているらしいです。これらは右に述べた内向世界論にそのまま当てはまります。誤解されてしまいそうですが、内向世界がまずいのではなく、それが排他的なのがマズいのです。

開かれた社会
 あらゆることに理由と説明が求められる現代の情報化社会で、いま人々が求めているのは「まったりできる閉じた場所」です。「学校を救済せよ」の中で尾木直樹氏は次のように述べています。
『いま学校設計では、オープンスペースが流行ってるんですよ。東京、地方を問わず猫も杓子もという感じで。先日も九七年四月にオープンした小学校に行ったんですけど、廊下と教室に何も仕切りが無くて、常にざわざわしてて、こどものかくれがもなければ、左右全部見られてる。こんな所だったら、僕だったら学校来れないなあと思った。』
宮台氏はそれに対し
『生き物は目に見えない、不透明性の高い場所でこそ巣を作るでしょう。三春町の桜中では、二回がロフトみたいなロッカールームになってて、そこには原則的に先生達は入らない。そこをホームベースにして、各時間ごとに自分の選択した教室に行く。休み時間にはホームベースに戻って「まったり」できるんですよ。それが重要なんですね。』
と述べています。ここでいう「オープンスペースが流行る」ということが、いまインターネット上で起こっています。ブログやソーシャルネットワーキングサービスの普及により、あらゆる個人情報(”今晩のおかず”や”好きな異性のタイプ”や”読んだ本”などなど)が公開てあたりまえになりつつあります。情報社会があまりに開かれたものになっていて、しかもそれは一見すごく正しいことのように見える。しかし人々が本当に求めているのは「人目につかずにまったり出来るホームベース」なので、どこをみても開かれまくっている社会の中、閉じた場所を探そうとすると、もう自分の内向世界に求めるしかありません。社会が開かれるほど、一人一人の心は閉じてしまいます

携帯電話
 たとえば、家が無くとも携帯電話があれば、自分のアイデンティティを保ったままあちこちに移動することができます。一度知り合った相手といつでも連絡を取ることも出来るし、二度と連絡を取らないことも出来ます。人々が自由に移動しながらいろんな人と出会い、その中でたとえば気の合う人とは連絡を取り続けることで共同体を形作れるような仕組みができれば。「共同体」を内向世界の中でなく、ネットワーク上に持って行くことが出来るほどに社会が成熟すれば、ここまでぼくがいってきたような排他的内向世界の問題は解決されることでしょう。これからは、違うストーリーを生きる人間同士がいかに共生していくか、それを探ることが重要課題だと思います。

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2009年5月31日 (日)

源ゼミ

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6月13,14日にオープンキャンパスがあります。僕はシャーペンの芯と練りゴムを使ってタワーを作って勝手に展示します。

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2009年5月 2日 (土)

これなら

これならいける

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2009年4月17日 (金)

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120年くらい前の本らしいですけどこれは衝撃でした。登場人物は一人のみで、ストーリーもほとんど無いという、かなりぶっとんだ、モーレツに世紀末的なスーパーアンチロマン小説。
なんの夢も希望もなくて、ついに欲望もなくしてしまい、生まれつき弱い体のせいでしそっちゅう吐き気とこめかみの鈍痛に襲われるし、すぐカトリックとか文学の事とかを考えちゃうし、そのせいでまた頭がいたくなって吐き気がしてくる主人公デ・ゼッサント!!!香水の組み合わせを考えていて、部屋に全部撒いてしまい、その匂いで倒れちゃう主人公デ・ゼッサント!!!

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「澁」という字にすごくドラマを感じます。次々押し寄せてくる大量の水を、一人もしくは大勢で、必死で止めようとしているイメージです。これからもし、頭の中の土手が決壊して、水が溢れ出して混乱しそうになったとき、僕は頭の中で「シブ!」と叫んで、あらゆる隙間からすり抜けようとする水を必死で抑えて混乱を沈めようと思います。

多分1年以上前の話だけど、その日池袋を歩いていたら、20センチくらいの黄色い鳥が地面に立っていました。生まれて初めて見る鳥でした。すぐ近くまで行ってみましたがそいつは微動だにせず、じっと空の方を見つめていました。そばにしゃがんでも逃げません。変な鳥だなあと思ってじっと見つめていると、だんだん怖くなってきました。鳥は立ったままピクリとも動かず、なんだか生きているとは思えない目をしてました。何かを深く考えて、その結果ある恐ろしい事に気付いてしまったような目をしてました。なんでこんな目をしているんだろう。自分の子供がカラスか何かに食べられたのか、巣が木から落ちてしまったのか、いろいろ考えましたが、その鳥の目線の先にはただ空があるだけです。目の前で手を振ってみてもまったく反応しません。でも、自分の足で立っているんだから確かに生きてる…。こっち向いたらどうしようと思ったら怖くなってきて、その場を去りましたが、未だに鳥の顔はしっかり覚えています。元気かなあ。

ひび割れた我が家から潮の香りがする。波が寄せて、引いて、というのはもしかしたら時間の不確実性。一寸先は闇。つねに一寸先は闇。何故にそうなる!?未来は案外わからない。何が吉と出るか分からない。なんて世界だ。

その手のひらに刻まれている何本もの筋の何本かに、神秘のバラが宿っている。秘密のオアシスがどこかにある。僕だけの場所がこの筋のどこかにある。リン。リン。世の人の狭い世界。君たちのその頭の中の、ミジンコが住むにちょうどいい程度の狭い世界に、まわりの心ない人間によって爆弾が落とされ、あなたの街が粉々に吹き飛ばされてしまったとしても、そんな事が、はたしてあなた以外の誰の脳内世界と関係がある。人間はそんなに不寛容な生き物ではないはず。

あたらしいあさ
いのちのいぶき
うつくしいうみべ
えがくえんぴつ
おとことおんな

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2009年4月14日 (火)

しょんべん小僧の独り言ー♪

「あーうんこがしたい」

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2009年4月11日 (土)

脳内活字全集第1巻P923より

まず、立ち上がってください。そして、一歩前に踏み出してください。右足でも左足でも構いません。君はたったいま、足を一歩前に進めた結果の、今のその景色が見えています。ではその、10歩先ではなにが見えるでしょうか?100歩先は?100万歩先は?100000000000000億光年先は?君が居るその部屋の天井に1つだけついている電球が放つ光が赤から青、黄、緑、白、黒、再び青、と変わっていったときに、君の心の中に磁石のように付きまとう、己の将来像に関する二次元的な考察は全く意味を成さないように思います。そんな無駄な努力をするよりも、左斜め下とか、右斜め下とかに目を向けて、狡猾な茨のごとく、泡にまみれた蟹のごとく、鏡を見ることを止め、人生についてあれこれ他愛もない思索をめぐらすのを止め、イカサマのような恋愛を止め、君のその場所から100000000000000億光年の彼方にある牝牛の瞳に映った広大な田園風景を眼前に出現せしめるべきだ。なにより、我らの人生、生きることそのものは苦であるとさえ言われる、気の毒な人生よ!幾千の星の瞬きを見ることもなく、シベリア狼の満月への咆哮を見ることもなく、ただただ死んだ魚の群のような喧騒の中で、自らの生涯を閉じ、あの世にのみ快楽を求めるというようなことを、君はしたいと思うのか。右手の人差し指から、腕を伝い、心臓を通って、左手の人差し指へとつながっている赤い糸。左手の人差し指と右手の人差し指を合わせることさえできれば!僕たちはいったいどうしてこの世の波を超えていく術を見出すことができるだろう。アルファベットと、電話機と、こめかみにときどき起こる鈍痛は、やがて君たちの頭から伸びる数本の透明な糸をすべて煩悩の統制という巨大なハサミ、悪魔のような、吐き気を催すほど下心に溢れた思想を味方につけ、いずれすべて切り落としてしまうかのようにさえ思えるのだ。さあ僕は何からはじめればいい?

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2009年4月 5日 (日)

雪虫や己の命の短しを知ってか知らずかもがき歩む

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北海道の夜は、まるで宇宙からのインスタレーションでした。星空と雪と地平線と山と森。そして小学校の灯り。星が瞬いてたなあ。どこをみても、空を意識せざるを得ないあの広さ!そしてあの寒さ!あれは死ぬ寒さだ。3月であれだもんなあ。次はもっと寒い時期に行きたい。そしてダイヤモンドダストを見る!0℃とマイナスとじゃ体感温度が違うことを実感しました。

沖縄は居るだけで心が開けてきて、とても良い気持ちになれた!
プライマルの「country girl」を聴きながら夜の那覇を歩いた時の開放感といったら!上を見ながら歩いていると、まるで夜空をなぞっているような!今でもはっきりと思い出せる!風景が脳みそに焼き付いて、いつでも頭の中の写真を見られる!その時の温度、湿度、まわりの音も、まだ覚えてる!一瞬で全てを説明できる!
エイボーさんが「さとし!お前もうちなんちゅだからな!うちなんちゅの血が半分入ってるんだからな!」と言ってくれたあの心意気!かっこよすぎる。沖縄に骨を埋めるのも楽しそうだなあ。いとこのマーキーやらアーヤやらさくらやらがもうすげー美人になってて一緒に居るだけでドキドキした。神田家の女性はみんな美人で人懐っこくて素敵だ。おじいとおばあも格好良い!おじい三線ありがとう!東京案内する約束をしたぞ
僕ら家族を親戚が30人も集まって、おじいおばあの長寿を祝った。おじいとおばあの二人の血がこうして繋がってこんなに素晴らしい交流が生まれて、みんなで笑い合える事は、本当に貴重で大事に守っていかなきゃならん!父も白髪が増えてきた。僕もそろそろお返しをする番だ。もちろん母にも。祖先の方々、全ての縁起の人、全ての景色、全ての音にも。ありがとうを示さないと
沖縄には「シーミー」という行事がある。ご先祖さまのお墓の前にブルーシートを広げて、親戚を大勢(多くて100人くらいいる)呼んで、お墓の前で宴会する超素敵な行事!死んだ人も一緒にしちゃううちなんちゅ!なんて寛大な、なんて涙が出る心意気だろう。
死はいつもすぐとなりで息をひそめている。それは後ろ向きな事ではないのかもしれない。
もーりーが言っていた「他人ってだけでスゲエんだよ!」という言葉を、沖縄で何回も思い出した。僕の想像も及ばないような視点で、ものを見ている人がいる。今の僕には到底理解できないような格好良さに憧れて、一生を捧げてしまうような人がいる。あんな離島にも、人の生活がある。まだまだ知らない事がある。というか今ほとんど知らない!できれば世界中の人の方法で生活をしたい。世界中の人の視点からものを見てみたい。考えてみたい!その一つ一つは、ほんのささいな違いかもしれない。でもその小さな差異から、無限とも思える通りの思考が生まれてくる。それはお互いに理解できたりできなかったりするけど、とにかくほんの数センチ違うだけで、多分世界がちがう。
だから東京に帰ってきて最初は「やっぱりここはなんだか冷たい街だなあ。みんな厚着してマスクして、ちょっと異常じゃない!?」と思ったけどすぐ「ほんの小さな工夫で、ここも沖縄のような寛大さをもった街になりうる」という手応えがあった。確かに感じた!
沖縄はまたゆっくりいこう

せっかく地球人として生まれてきたんだから
「夏はインドネシアが一番だけど、冬はロシアに限るなあ」
とか言いたい!

☆いつかこの僕たちの生きる時代も、僕たちが江戸時代の風俗画を見るような目で、どこかで見られる日がくるのだ!歴史は現在進行形で、考現学すなわち考古学。刹那滅。刹那滅。

☆「オタク」とか「いいかげん」て書いてあるTシャツとか、「自虐ネタ」とか、「I Love 〜」とか、いっぱいある。そんなに”自分”って大事だろうか。

☆古くなってしまった自動券売機のディスプレイ「ただいまカードは使えません」と表示されている

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2009年3月21日 (土)

最先端の芸術家

お彼岸なので、家族で墓参りに行く。春分、秋分の日を中日として、その前後7日間を言うらしい。知らなかった…恥ずかしい。ちなみにその期間に行われる仏事を「彼岸会」という。その彼岸会が、庶民の間に年中行事化したのは江戸時代。(広辞苑)
「ひなちゃんの日常」でも描かれていたけど、お墓の中の誰一人欠けても今の僕たちは存在していなかった。いや自分の家系のお墓だけじゃない。この墓場の中の誰か一人欠けていても、僕にも大なり小なり影響があった事だろう。
そう考えると、僕は墓場に眠っている皆様ひとりひとりに感謝しないといけない気がした。今生きている僕たちは、この気の遠くなるほど長い時間軸世界の末端構成員にすぎない。すぎないけど、僕たちはこの世にただ生きているだけで最先端の存在だ。未来を創っていける唯一の存在だ。いまこの世で生きている私たちは、一人残らず、生きている限り世界を創り続ける先端芸術家だ。全人類で芸術家集団だ。これは誰も逃れられない事実だ。

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