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2009年2月28日 (土)

いつのことか池袋を歩いていたら
喫煙所の清掃をしているおじさん二人をみかけました。
二人とも腰を90度近く曲げて黙々と仕事をしていました。

それは僕がいつも使っている喫煙所です。
せっかく見かけたんだし、お礼を言おう。そのついでに一服しよう、と思い
煙草に火をつけました。

そうしてしばらく観察していると
面白い事が分かってきました。
喫煙所には僕の他に10人ほどいたのですが
その誰一人として二人の清掃員に注意を払わないのです。

さながら舞台裏の黒子のように
清掃員たちはまわりから存在を無視されているのです。

まわりの人達は何をしているかというと
携帯電話をいじったり、電話をしたり
どこか遠くの方を見たりしています。

本当に
そこに清掃員が
いないかのように
振る舞っているのです

僕にはまるで二人が
池袋に住む影の存在。人間以外の存在
もしくは幻のように見えました。


「いつもごくろうさまです。」と僕が言うと
「ああ。どうも、どうも。」と一人が答えてくれました。
僕はなんだかほっとしました。

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2009年2月19日 (木)

堀北真希

4年くらい前に、タレントの眞鍋かをりを猛烈に決定的に好きになった事があった。
それは本当に胸が苦しくなるほどの恋で、初期はヤフーの番組表で毎週検索をかけて、眞鍋が出演する番組を全てチェックする症状にはじまり、深入りしていくと、トークショーに行って初めて生眞鍋を見た日の夜はよく眠れなかったり、当時のチャット仲間や2ちゃんねるのみなさんに相談に乗ってもらったり、眞鍋さんのブログを1日に何回も確認したり(すぐトラックバックすれば眞鍋さんに読んでもらえるから)した。今考えると気持ち悪いんですがね。

しかしどんなに好きでも相手が箱の中の芸能人ではどうにもできないので、それはそれは苦しかった。本当に笑えないくらい苦しかったのだ。当時の日記にも「叶わない恋といっても限度がある」と書いてある。なんだかんだ1ヶ月くらいそうやって苦しんで、そしてある日突然冷めた。何故そんなにも突然冷めたのか未だにわからないけど、とにかくおれは楽になってぐっすりと眠った。

その後菅野美穂や西田尚美にもハマりかけたけども、眞鍋の教訓を生かし深入りしないようにした。


そんなだから、芸能人への恋はもうこりごりなのだ。


先輩の家でたまたま、偶然手に取った「堀北真希写真集 Castella~カステラ」をつい開いてしまった。

とたんにおれは「うっ」と口の中でうめいた。おれはこれまで「TRICKトリック-劇場版2-」「篤姫」「SCHOOL OF LOCK!」などさまざまな充分にヤル気のある堀北を見て、聴いて来たつもりだったが、その堀北は、過去おれの見てきたいかなる堀北よりも凶悪だった。堂々と果てしなく圧倒的決定的衝撃的に凶悪だった。
どう凶悪だったか。筆舌に尽くしがたいとはこのことで、いくら微細詳細に
文字に書いてもその時の迫力と凄絶さは百分の一も伝わらないと思うので、一言で言うと、「カステラ」。おれは完全に侮っていたのだ。完全にやられてしまった。

しかも困った事に街へ出れば至る所にでっかい堀北真希がいる。なんだなんだこれは。ドコモはいったいどうなっているのだ。本当に勘弁してください。

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2009年2月14日 (土)

東京モグラ、序章

 ある日新宿でふと気付いた。何本もの道路が複雑に交わる交差点、横断歩道を渡るのは、様々な格好をした、様々な年齢層の人達。ぎゅうぎゅうに押し込められた灰色のビル群の隙間からお寺の屋根が頭をのぞかせている有様は明らかにヘンだ。見上げれば束になってうねる高速道路。その高架下にはデパートがあったり、駐車場があったり、川があったりする。東京は混沌としている。実体がよく見えない。
 さらに電車、バス、タクシーに代表される公共交通機関は、この街を日に日に狭くして、もはや移動はほとんど脳内で行われているのではないか。ぼくたちは、乗り換え案内を頭にインプットし、それを時間通りなぞれば、無事目的地にたどり着くだろう。

 いま東京は息がつまりそうになっている。要するにぼくたちはこの街に生き方を指図され、その重圧にあえいでいるのだ。生活様式をもっと優れた水準で組織する可能性は、ただ、この世界を再整備すること、より正確にいえば、この街を粉砕することからしか生れてこないだろう。

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2009年2月13日 (金)

東京モグラ(仮)

 われわれの生きている世界、とりわけその物質的な舞台装置=背景は、あきらかに日増しに狭まりつつある。この世界は息が詰まりそうになっている。われわれはこうした世界の影響を深く被って、熱望によって世界に反応することをやめ、本能的に反応することしかできなくなっている。要するに、われわれはこの世界に生き方を指図され、その重圧にあえいでいるのだ。生活様式をもっと優れた水準で組織する可能性は、ただ、この世界を再整備すること、より正確にいえば、この世界を粉砕することからしか生れてこないだろう。-アブドゥルハフィド・ハティブ-

 昨日午前11時、ぼくたち5人は中野駅を出発しました。

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 記念すべき第一回目です!東京モグラ(仮)は、東京都内でゴールを決めずに複数人で散歩し、各々が好奇心の赴くまま足を止めて街を観察する事が、東京の混沌とした状況を洗い出すヒントにならないかと考え、散歩をします。何より面識のない人と一緒に散歩するのはとても楽しそうじゃないか。
 今回は全員に万歩計を付けてもらい、15000歩をとりあえずの目標として歩き出しました。

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2009年2月10日 (火)

何故か街には大事なものが無い

昨日、芸大先端2年の橋本君に誘われて、園子温監督の「愛のむきだし」という映画を観てきました。
 なんと本編が4時間という大作でちょっと疲れたけども、「4時間」という言葉の持つ響きほどの長さは感じませんでした。人それぞれ4時間に関する思い出があると思いますが、無いかも知れません。ぼくのそれはこの映画によって塗り替えられました。
 変態と新興宗教と愛をめぐる、めくるめく世界に猛烈に引き込まれ、スクリーンとぼくの間に「映像」があって、それを猛烈に観ていました。不思議な感覚でした。新興宗教の合宿の場で主人公のユウが言った「勃起を恥じるな。愛を恥じるな。」は、どうやらぼくの心に深く刻み込まれました。
 あの「ゆらゆら帝国」が初めて楽曲提供した映画でもあり、名曲『空洞です』が物語の中でとても重要な要素になっています。その歌詞にある「街」という言葉が指すモノはなんだろうかと思い、どうやら実体を掴めそうにないモノだなあ、見えないモノだなあ、と思いました。
 そして満島ひかりの制服姿があまりにかわいいからパンフレット買ってしまいました。渋谷のユーロスペースで3月6日までやっています。http://www.ai-muki.com/

 映画を観た後橋本君と、2月14日がバレンタインデーでもあり、全国煮干し協会が定める「煮干しの日」でもある事をふまえ(2(に)1(ぼ)4(し)。「1」は棒に見えるから「ぼ」)、煮干しとチョコレートはどっちが上かという議論をさくら水産にて始めました。
「煮干しはかむ時に顎が鍛えられる。カルシウムも豊富で、太る事も無い。出汁に使える事も大きい。煮干しの圧勝ではないか。」
「でも煮干しの栄養価が高いとか、そんなことはチョコレートからしたら痛くも痒くもないでしょ」
「そうだね。じゃあチョコレートの勝ちだ。煮干しはあくまでも煮干しである。」
 となりました。

「日記を書く事は編集かもしれない。」とは橋本君の言葉です。

そのまま渋谷のクラブに行って朝まで踊りました。踊っている間、ぼくの頭の中では『空洞です』の「何故か街には大事なものが無い。意味を求めて無意味なものが無い。」というフレーズが繰り返し流れていました。そして、橋本君のへんてこな動きはもはや神がかっていました。
なのでぼくはついさっき起きました。いま17時半です。

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2009年2月 3日 (火)

でも美味しかったからまた運試しで食べてみよう

先日「生牡蠣と日本酒の会」(勝手に命名)が開かれたので、ぼくも参加してきました。なにしろこの世に生を受けてからというもの生牡蠣というモノを食べた事が無いぼくです。実際それはそれは美味しくて、日本酒との相性は完璧、言う事ナシかと思われたのですが、その生牡蠣に大当たりしました(二日後の夜、急に気持ち悪くなり、お風呂の床にその日食べたものすべてをぶちまけて、ベッドでお腹を抱えてウンウンと一晩中のたうちまわってました。酷い人は二日間寝込む程だったらしい)。少なくとも居合わせた男は全員当たりでした。当たりといって嬉しくないのは食べ物だけですね。女の人に聞くのはすこし勇気がいるので聞いてないですが多分あたってますよね。

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