雪虫や己の命の短しを知ってか知らずかもがき歩む
北海道の夜は、まるで宇宙からのインスタレーションでした。星空と雪と地平線と山と森。そして小学校の灯り。星が瞬いてたなあ。どこをみても、空を意識せざるを得ないあの広さ!そしてあの寒さ!あれは死ぬ寒さだ。3月であれだもんなあ。次はもっと寒い時期に行きたい。そしてダイヤモンドダストを見る!0℃とマイナスとじゃ体感温度が違うことを実感しました。
沖縄は居るだけで心が開けてきて、とても良い気持ちになれた!
プライマルの「country girl」を聴きながら夜の那覇を歩いた時の開放感といったら!上を見ながら歩いていると、まるで夜空をなぞっているような!今でもはっきりと思い出せる!風景が脳みそに焼き付いて、いつでも頭の中の写真を見られる!その時の温度、湿度、まわりの音も、まだ覚えてる!一瞬で全てを説明できる!
エイボーさんが「さとし!お前もうちなんちゅだからな!うちなんちゅの血が半分入ってるんだからな!」と言ってくれたあの心意気!かっこよすぎる。沖縄に骨を埋めるのも楽しそうだなあ。いとこのマーキーやらアーヤやらさくらやらがもうすげー美人になってて一緒に居るだけでドキドキした。神田家の女性はみんな美人で人懐っこくて素敵だ。おじいとおばあも格好良い!おじい三線ありがとう!東京案内する約束をしたぞ
僕ら家族を親戚が30人も集まって、おじいおばあの長寿を祝った。おじいとおばあの二人の血がこうして繋がってこんなに素晴らしい交流が生まれて、みんなで笑い合える事は、本当に貴重で大事に守っていかなきゃならん!父も白髪が増えてきた。僕もそろそろお返しをする番だ。もちろん母にも。祖先の方々、全ての縁起の人、全ての景色、全ての音にも。ありがとうを示さないと
沖縄には「シーミー」という行事がある。ご先祖さまのお墓の前にブルーシートを広げて、親戚を大勢(多くて100人くらいいる)呼んで、お墓の前で宴会する超素敵な行事!死んだ人も一緒にしちゃううちなんちゅ!なんて寛大な、なんて涙が出る心意気だろう。
死はいつもすぐとなりで息をひそめている。それは後ろ向きな事ではないのかもしれない。
もーりーが言っていた「他人ってだけでスゲエんだよ!」という言葉を、沖縄で何回も思い出した。僕の想像も及ばないような視点で、ものを見ている人がいる。今の僕には到底理解できないような格好良さに憧れて、一生を捧げてしまうような人がいる。あんな離島にも、人の生活がある。まだまだ知らない事がある。というか今ほとんど知らない!できれば世界中の人の方法で生活をしたい。世界中の人の視点からものを見てみたい。考えてみたい!その一つ一つは、ほんのささいな違いかもしれない。でもその小さな差異から、無限とも思える通りの思考が生まれてくる。それはお互いに理解できたりできなかったりするけど、とにかくほんの数センチ違うだけで、多分世界がちがう。
だから東京に帰ってきて最初は「やっぱりここはなんだか冷たい街だなあ。みんな厚着してマスクして、ちょっと異常じゃない!?」と思ったけどすぐ「ほんの小さな工夫で、ここも沖縄のような寛大さをもった街になりうる」という手応えがあった。確かに感じた!
沖縄はまたゆっくりいこう
せっかく地球人として生まれてきたんだから
「夏はインドネシアが一番だけど、冬はロシアに限るなあ」
とか言いたい!
☆いつかこの僕たちの生きる時代も、僕たちが江戸時代の風俗画を見るような目で、どこかで見られる日がくるのだ!歴史は現在進行形で、考現学すなわち考古学。刹那滅。刹那滅。
☆「オタク」とか「いいかげん」て書いてあるTシャツとか、「自虐ネタ」とか、「I Love 〜」とか、いっぱいある。そんなに”自分”って大事だろうか。
☆古くなってしまった自動券売機のディスプレイ「ただいまカードは使えません」と表示されている
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