2009年11月13日 (金)

So when in doubt just call my name!!!!!!!!
Just before you go insane!!!!!!!
If I ever leave this world!!!!!!!!!!!!!!!!!!
Hey I may never leave this world!!!!!!
But if I ever leave this world alive!!!!!!!!!!

She says I'm okay; I'm alright,
Though you have gone from my life!!!!!!!!!!
You said that it would,
Now everything should be all right!!!!!!!!!!

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2009年11月 6日 (金)

いままで誰かと話しても話した事がない。話した気がしない。何も聞けていない。
生きてて楽しいか。嫌な事ばっかりだろう。電車は速いし。ちょっとぶつかっただけで舌打ちされるし。人は別れていくし。家族は死んでいくし。自分の事は自分でやんなきゃいけない、一度しか生きられない、しかも何が吉と出るかわからない。自分が食ってるものが何なのかよく分からない。明日もテレビで多分戦争をみるし。歩いてたら膝は痛くなるし。いやでもそれが俺は楽しくて生きてるのか。生きる事を考えるのは時代じゃないのか。たまには走ってますか。叫んでますか。ちゃんと美味しいもの食べてますか。しっかりマズいものも食べてますか。毎日落ち込んでますか。怒ってますか。泣いてますか。大声で笑ってますか。ちゃんとだらだらしてますか。人をバカにしていますか。人に嘘をついていますか。好きな人はいますか。ちゃんと嫌いな人もいますか。ええどうなんだ。考えるってなんだ。想像するってなんだ。トランスするってどういうことだ。友達ってなんだ。おそろしく排他的なこと。友達を一人作った瞬間から、友達じゃない人ができるのだ。仲間なんて作るから、仲間じゃない人を排するのだ。それでも友達をつくるし、仲間を作るし、結婚だってするんだ。「仲が良い」ってなんだ。「誰かと繋がる」とは何なのだ。

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2009年10月12日 (月)

☆人が集まって一緒に何か作ったりして、終わったら解散する。以前の生活に戻るかあるいは次の場所へ向かっていく。子供キャンプ、中学時代の昼休み二つのサッカーチームひとつは山ちゃんが中心になってる本格派もうひとつは確か樽見が中心になってる2流派、小学生へサッカーを教えにいった事、小学校卓球クラブ、運動会のための委員会、中学剣道部、中学卓球部、高校テニス部、写真校正のバイト、居酒屋のバイト、レイオンコンサルティング、日雇いのバイト、フジロックのバイト、フジロックへの2度の参戦、フジロックで一緒に踊ったひとたち、サマーソニックで一緒に踊ったひとたち、高校時代女子バレー部との合コン、東京もぐら、知らない人飲み、さんまパーティ、クラブイベント、学校でのパーティ、フューチャーデザインサミット、sing-3g、高校3年創作展の装飾チーム、エマールゼミ、代ゼミ造形予備校、高校時代一曲演奏するために組んだバンド、ギャザの対戦やトレードのために集まったゴブリン、ぐるぐるつくる、2度の新潟わらアートまつり、芸祭でいっしょに踊ったひとたち、電車の中で話したおばさん、高知県で話した外人のねーちゃんと大阪のカップルと店のねーちゃんその他、象設計集団の方々、幼少時代公園で遊んでくれたおじさんたち、ハレルヤおじさん、小学生のとき迷子になってお世話になったおまわりさん、思い出せないだけでもっともっとあるはず
みんな常に死に向かって死にながら生きている大事な友達なのに顔を思い出せない人が大勢いる。僕は今まで何人と話したのかな。
死に向かっている。こんな文章をうっているこの瞬間にも僕たちは死に向かって生きている。これ大変な事だよどうしようまじで。

☆2週間くらい前、新宿駅で「このエスカレーターであってんのかな?」と思ってちょっと立ち止まったら、うしろにいたおじさんに「なにやってんだよ!」と怒鳴られたショックがまだ大きい。「邪魔だな」なら分かるけど「なにやってんだよ」と言われる意味がまだわからない。そのおじさんの内的世界でしかないものにひろがる「世間のようなもの」のルールが、外的現実のルールにもなっていると無意識のうちに思い込んでいることによって、「おじさんの内的世界の世間をお騒がせした」事と「外的世界の世間をお騒がせした」ということが一緒くたにされてしまっているからでてきたセリフなのか。新宿は人の目がおおくて疲れちゃう。人ごみで立ち止まったら睨まれる。

☆やっぱり彼女はぼくにとって大事な存在なんだと思う。でもどうしたらうまくいくのかわからない。

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2009年9月28日 (月)

9月25日
きょうぼくたちは城南島海浜公園で、七輪をつかってさんまバーベキューをしました。アストロ温泉スズキさんの一言から実現しました。ありがとうございます。城南島は東京湾のど真ん中にあって、羽田空港が目と鼻の先なので、飛行機マニアにはたまらん場所のようです。バーベキュー中、小型の旅客機やらジャンボジェット機やらが、すぐ真上を5分おきくらいに通りすぎていました。

そのメンバーが、僕の小学校の友達と、中学校の友達とその友達二人とまたその友達と、高校の友達二人と、その彼女と、大学の友達と、僕の彼女の友達二人の計11人でやったんですが、僕にとってはすごくわくわくする光景でした。
僕の知らない人もいてそれも楽しかったんだけど、なんたって小学校の友達と大学の友達がさんま食いながら話してる光景は不思議な感動があって、これだけで生きてきた甲斐があるんじゃないかと思いました。しかも、高校の友達の彼女が、高校の別の友達と中学校がおなじだったりして、似たような経験が前にもあったんで案外東京はこういう事が起こる街なんだなあと実感しました。
「友達」からたった1段階多いだけなのに「友達の友達」は全く未知の世界ですねえ。

例えば
「今度飲み会あるんだけどこない?」と誘われて「いくわー!友達も誘ってみるよ。」と言って、当日は参加者それぞれの友達だけで25人くらいいる、みたいなサークルできないかなあ。

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2009年9月 2日 (水)

ああ死にたくない死にたくない死にたくない
いつまでも両手を振り回して走り回ったり
何かと高い所に登ったり
原っぱででんぐり返ししたり
マジおいかけっこしたり
枕投げしたり
かわいい女の子の前でかっこつけたり
いちいちムキになったり
夜突然泣いたり
いつまでもそういう人でいたい
ひとりになりたくない
ああ死にたくない

僕はネクタイだってもってるし
かっこいい歌だってたくさん知ってるのだ
派手なリュックだって似合うし
自転車の鍵なんて合金だから誰にも盗まれないんだぜ

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のろのろしてゴロゴロしてベッドで
夏なのに夏の気がしない
クーラーが効いてるから
1日がマッハで瞬きする間におわっていく
このままじゃあっという間に死んじゃうぜ
存在してるだけじゃつまらない
でもゴロゴロしていたい
板挟み
人はみんな板挟みだ
ぺったんこだ
うすくのびてひらべったくなって
風にまって飛んでいってしまいそうだ
ペラペラペラペラ
ゴロゴロゴロゴロ
ゴロゴロしたいぜ
ペラペラ飛んでいきたいぜ

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2009年9月 1日 (火)

森のフォリー(土の銀河は宙に舞う)

新潟わらアートまつり2009の制作が終わった。7泊8日もの間新潟に滞在して、僕の班は多いときで10人の参加者がいた。ムサビ建築が5人、空デから清水さん、シマダの友達で、宮崎で芝の研究をしているアサヒ、そして芸大先端の橋本、望月、多摩美写真映像(だったかな?)の男の人(名前聞いてなかったというか忘れた)。凄く楽しかった。花火もして、新潟の盆踊りにも参加して、バーベキューもして、イチジクも食べて、枕投げもして、ご飯がおいしくて、新しく出会った人達と過ごすのが楽しくて、制作もしてなかなか良いものが作れたと思う。反省点はたくさんあるし、改善点もたくさんあるけど。
いつもそうだけど、こういうプロジェクトに参加して、終わった後に味わうあのなんともいたたまれない気持ち、悲しくて切ないような、楽しいけど泣きたいような、(ちいさいころ、まーちゃんがうちに泊まりで遊びにきて、帰るときに車を見送るあの世の終わりのような気持ち)この気持ちがものすごく確かに存在している。ぼくは確かに生きていると実感するけど、それは決して楽しいことばっかりじゃなくて、悲しいことがあって楽しいことが無いと、別れがあって出会いが無いと、山だけでは山にならない。谷がないとただの平地だ。そういうことだから、山なら高く、谷なら深く、そんな生き方をしなくちゃならない。生きていくのはサイコーにエキサイティングなことだ。(幸か不幸か、橋本の存在が引き金で、自意識過剰を伴うあの幼い頃の心持ちを思い出した)
人が集まって何か一つのことをするということはそれだけで意味があるような気がする。橋本はフンドシだった。

忘れたくない
皆を忘れたくない
道に落ちている全て
すれ違う全てのこと
出会う全ての人の笑顔
忘れたくない
忘れたくない

男は身動きが取れない
たかが20年の人生で積み重ねたものが
のしかかっているから
いろいろな人に教えられたたくさんのこと
また教えられることのないたくさんのことによって
ぐるぐるに体を縛られて男は身動きが取れない

ノー アイドンワナダイ
アイドンワナフォロウデスアンドオールヒズフレンズ
ノーノーノーノーノーノーノー
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい
最高最高
あさみんなかつーいまきいれかおり
男はそれまで身を封じてられていたあまりに多くの感情と思い出を
全て背にのせながら歩きださなくてはいけない(或は「歩き出す」)
ことに気付いた。男は僕だ
「人の一生は 重荷を負て 遠き道を行くが如し 急ぐべからず」家康

もっと会いたいもっと触れたい一人になりたくない死にたくないもっと知りたいもっと驚きたいもっともっと行きたい今よりももっと行きたい息を吸え息を吐けもっと息を吸えもっと素晴らしいもっとすごいもっと美しいもっとかわいいもっと悲しいもっとなつかしいもっとびっくりするもっとはげしいもっと青いもっと赤い心はもっと青い心はもっと青い だんだん世界が違ったものに見えてくる またどこかで会いましょう

ありがとうみなさんまたどこかで

Good Job!!!

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2009年8月23日 (日)

いまはフォーティセブンだ!

何もかもガがグルゥヴィィだぜ!つないだ竹ひごの先にブーゲンビリアの花をつけて両手にもつのだ。そして「ヘ・ン・シ・ン」のポーズを練習だ。鏡に見とれてしまうにゃあ。おっとそんな光で俺を照らすな!そんな目で見るな!なぜなら今は21世紀でおれはもうすぐ21歳になるからだ。そう今は21世紀でもうすぐおれは21歳になるのだ。

ぼくの部屋の前にあるプラタナスの木が剪定業者に丸刈りにされてしまってすげー惨めなのだ。そしてぼくの部屋は確実に以前より暑くなったゾ。プラタナスよ今までお前はただ目の前にいるというだけで僕の安眠を助けてくれていたのか。ぼくはお前に何かしてやったことがあるだろうか。ただ目の前にいるだけで。いまお前は丸刈りで葉っぱ一枚も残っちゃいないけど、きっとあっという間に枝が伸びてあっというまにいつものように毛虫がついてそして僕の部屋に木漏れ日を差し込ませてくれるのだろうな。そうだお前は毛虫たちの家にもなってあげていたのだな。丸刈りのお前はいま何を思うのだ。神様がプラタナスを作るとき、毛虫の家というコンセプトはあったんだろうか。

毛虫っていう歌がハイロウズにあるよね

『毛虫』THE HIGH-LOWS

毛虫 毛虫 毛虫 毛虫
なんかの赤んぼう

ひらがなじゃない
カタカナでもない
漢字で書こう『毛虫』

毛虫 毛虫 毛虫 毛虫
葉っぱのサラダ
食べよう何も味付けはいらない
味より量
毛虫

ああいつか季節を超えて
あなたに会いたいの

毛虫 毛虫 毛虫 毛虫
サナギの弟
騒ごう派手に
来年の誕生日
たくさん呼ぼう
毛虫

ああいつか季節を超えて
あなたに会いたいの

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2009年8月 8日 (土)

夏ですね。夜ちかくの公園を散歩しているとセミの羽化がいたるところで見られます。ぼくが住んでるこのへんはアブラゼミのメッカです。この時間でもめっちゃ鳴いてます。

地上に出てきた幼虫を捕まえて家に持って帰り、網戸にはり付けて羽化を観察したり、成虫を取ったり、セミは小さいころから好きでよくいじってたんだけど、さっき散歩してたら、ゴキブリが、真っ白で体もやわらかい羽化途中のセミをかじっている現場を発見してしまいました。セミはもう死んでました。ゴキブリってやつは本当にずるがしこいというか、生きるのに貪欲なやつだなあ。たまたまターゲットになったセミも可哀そうに運がないなあ、とか思いながら見てたら、そのほんの数十秒の間に僕の足は数箇所蚊に食われていました。この季節は家を一歩出るともうサバイバルですね。

蝉といえば「素数ゼミ」というのがいます。現在は「ジュウサンネンゼミ」と「ジュウシチネンゼミ」がいるみたいですが、それぞれ13年、17年周期で地上に大発生(地域によって数十億~一兆匹。一斉に鳴くのでジェット機並みの騒音らしい)するという不思議なセミです。

化石種として12年蝉、14年蝉、15年蝉、16年蝉、18年蝉が発見されているそうですが、現在生き残っているのは13年、17年蝉だけみたいです。なんだか進化の妙を感じますね。理由として天敵や寄生虫の生活周期とかち合わないようにするためだとか、種の交雑を防ぐためだとかいろいろ説があるみたいです。たとえばアブラゼミは6年周期ですが、日本では毎年見ますよね。
忘れがちだけど、いま公園を騒がせているアブラゼミは、6年前に生まれたんですねえ。ということは僕が14歳で中学3年生のときのヤツラですよ。SMAPの「世界に一つだけの花」とか、森山直太朗の「さくら」がヒットして、六本木ヒルズがオープンして、パイレーツオブカリビアン-呪われた海賊たち-が公開されて、宮城県沖と十勝沖で大きな自信があった年ですね。ウィキぺディアによると。
蝉はこうやって、毎年感じる春夏秋冬の季節感とは違うサイクルを感じさせてくれて、世界が少しにぎやかになるようで良いです。彗星とか、日食とか、稲の豊作年とかぜんぶ、子供の頃と違って、時間が一直線に進んでいるように感じてしまいがちなこのごろですが、大きな周期で動いているものがあることを忘れないようにしたい。そしてできれば年中ごろごろしたい。

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2009年8月 1日 (土)

昨日の夜、お花茶屋公園を散歩していたら蝉の幼虫が地面に落ちていた。背中が半分割れて、そこから成虫の背中が半分くらい出ていた。たぶん穴から出てきて、登る木を探している最中に時切れで割れてしまったか、羽化中に木から落ちてしまったかどっちかだと思う。多分前者だと思った。ぼくはまだ間に合うかもしれないと思い、そいつを持って近くの木の幹にくっつけてみた。そしたら驚くべきことに、もう死にかけに見えたそいつは、幹にくっつけた瞬間から動き出して、殻から出ようと再び動き始めた。ぼくはそのとき本当にびっくりした。自分の中の常識がひとつ覆された気分だった。お母さんに電話して、ガムテープを持ってきてもらうように頼み、そのテープで幼虫の足を、木から離れないようにくっつけた。がんばれ、と祈った。
同じように地面に落ちている奴を2、3匹見つけて救出しようとしたけど駄目だった。6年も地下で生活してやっと地上に出てきて、登る木が見つけられなかったり、蟻に襲われたせいで成虫になれずに死んでしまったりするのはちょっとかわいそうだなあと思う。ちいさいころの僕はその心中を勝手に察してよく泣いていた。今考えるとそれはとてもやさしい心だったんだなあと思う。そして、それほど素晴らしいことは無いなあと今だからその大事さに気付いた。僕は高校からか、大学からか分かんないけど、まわりの人間がそんなことで泣くような人たちだとは(すくなくとも僕が知る範囲では)思えない人ばっかりだったので、そう言う人達にあわせようと、無理に(たとえばセミで言ったら羽化途中の白色の綺麗さの方に感心したりだとか、誰かが言うような無機物のかっこよさとかかわいさとか、これはかなり無理して)感動の焦点をずらしたり、感心があるのに無視したりして、感性を鈍らせていたのかもしれないと、今日気付いた。これは由々しきことだ。あの虫や植物へのやさしさや感傷のひとかけらも無いような人間たちのせいで僕の感性はひどく感度の悪いものになってしまったのかもしれない。でもいま気付けたのは幸運なことだ。今からでも間に合うだろうか。あのころの純真な瞳や素直な気持ちを取り戻せるだろうか。この生き物を思いやる気持ちやなんでもないものに感情移入する気持ちを忘れずに生きていくことを誓います。

雨よ雪にかわっとくれ


今日の朝現場を見てみたら、抜け殻だけあった。きっと無事に帰ったんだろう!よかった

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2009年7月29日 (水)

フジロックから帰って

全日参加のテント泊でフジロック参加してきました。帰ってきてもロックンロール気分が抜けず、むしろフジロックでの生活のありかたが本来の自分の姿なんじゃないかと錯覚してしまうほど強烈な体験でした!ピカピラのトイレとか床とかが不自然に感じる!アスファルト歩いても全然気持ちよくない!どろんこのほうが楽しかった!!

全部で30組以上のバンドを見ました。
前夜祭
THE INSPECTOR CLUZO ファッキンベースメン!
EBONY BONES! カーニバル!
24日
TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA 超ゴキゲンなバンド
Curly Giraffe クール!
SAKEROCK MCがおもしろい!ワオ!
Patti Smith 今回一番ショッキングだった!革命家!神がかったパフォーマンス
Paul Weller ミスターウェラー!
Oasis タンバリンロックンロールスター!!!
25日
a flood of circle 若い!かっこよかった
The Birthday ちょっと悲しげなチバの声
JET キャンプサイトまで聴こえた「Are You Gonna Be My Girl?」
Ben Harper And RELENTLESS7 ひざギター!スライドギター!
忌野清志郎スペシャルメッセージオーケストラ ジャンプ!号泣しました
Franz Ferdinand トゥットゥー!ダンス!「ラストダンス!」
夜のところ天国サイコー!!ピーチシェーキ!
26日
MASS OF THE FERMENTING DREGS ちょっと鳥肌!がんばれ!
POLYSICS 相変わらず盛り上がる!カヨかっこいい!ダイブ!モッシュ!
STREET SWEEPER SOCIAL CLUB ラップ&ギターかっこいい!
浅井健一 心に何かが響いた!ベンジー!!!
TWISTED WHEEL 若い!がんばれ!
髭(HiGE) 白Tシャツ須藤さん。クール!「アーユーロンリー?」「俺もだよ。」
JIMMY EAT WORLD 大雨が気持ち良い!パンク!
CLAP YOUR HANDS SAY YEAH かっこいー!メガネ!
ROVO UFOサウンド!
FALL OUT BOY 「ファッキンウィーザー!」
WEEZER 日本語上手!キャッチー!さすが!
ROYKSOPP クール!
TAKKYU ISHINO 踊り明かした!

and more!!!!!!!

あさみん、みどちん、なつみん、みんなステキ!一緒に行けて良かった!楽しかったです!誘ってくれてありがとう!

「愛し合ってるかい?」
フジロック最高だ。あれは時代に反旗を翻しているのだ。ロックンロールに嘘は無い。やっぱ音楽はロックンロールが一番好きだ。今の所は。

ロックンロールは死にませんよ!ここにいるみんなや、世界中の子供達が大声で笑ったり泣いたりするかぎりロックンロールは死にませんよー!
とヒロトは言いました。

何故フジロックのご飯は全部おいしいのか。あの場所であの雰囲気の中食べるというのが凄く大きい気がする。例えばコンビニで同じコッペパンを買って食べても、家の食卓で食べるのと、近くの土手まで言って食べるのと、フジロックで木陰に座って食べるのと、台湾で食べるのと、フランスで食べるのと、インドで食べるのとでは全然違う味になるに違いない!そう考えたらたべものの味というものは味だけじゃ全然決まらない!現在の僕がご飯を食べる基本的な状況は、実は凄く限られた雰囲気しか持ってないのかもしれない!
とにかくフジロックで食べるご飯も飲むものも一つ残らず美味しかった。すげー

うおおー

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2009年7月14日 (火)

 例えば、この解答用紙は横書きですが、僕が今書いているこの「日本語」は、中国語の影響を受けている言語で、縦書きが本来の姿です。(現在漢字の本場中国では中国語の横書きが幅を利かせており、縦書きは肩身の狭い思いをしているようです)このことと関係があるように思えるのですが、日本人は古来「自然」を友達のように考え、愛し、四季を通じて世の無常を発見し、時の移ろいを憂い、環境に対する感受性を高めてきました。しかし明治に開国してからというもの、それまで相手にしてきた「自然」が「諸外国」に取って代わられたので、わりと自然の成り行きで、日本人は異常な注意を集中して西洋をみつめることになり、がむしゃらにその技術や思想を吸収してきました。しかしその西洋も変わった人たちの集まりだったので、結果日本は踊らされ、あちこち振り回されて(アチラからしたら日本が勝手に踊っているだけなのかもしれませんが)、ようやっと西洋の考えている事がわかるようになってきたと思ったら「じゃあ、私たちは何ものなんだ」と考え込んでしまうような状況だと思います。驚くべきことは、これまで西洋や中国から様々な文化を吸収して、自分たち日本人とは何なのか未だよくわからないのにも関わらず、「日本」は「日本」であり続けてきたということです。これまでの日本は「吸収、共生」というアイデンティティをもった特殊な国家でした。しかし近年、それまでマネごとに過ぎなかった西洋人の精神的な基盤である「普遍性」という思想が、ようやく日本人にも精神的な基盤としても定着しつつあります。先日「ネオテニージャパン」展に行ってきたのですが、そう納得せざるを得ないような作品の数々がありました。
私たち日本人がある種の普遍性を獲得するまでには、つまり、日本のアートが世界に認められるまでには長い時間がかかりました。

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2009年7月13日 (月)

土曜日の建築80人飲みの帰り、国分寺駅、11時前に中央線に乗って、座席を確保して、国分寺を出発したところから記憶が飛んで、きがついたら夜中の1時半、僕は「はーい終点でーす」と駅員さんにゆさゆさと起こされて、駅名をみると「大月」と書いてあって、「ああ、やっちまった」と久々の絶望感もつかの間、「もう電車ないですよー」と、さっさと駅から大月の街に放り出されました。「大月」と辞書で引いてみると「山梨県東部の市。…」とあります。ここまで乗り過ごしたのは初めてです。でもぼくはすぐに「探検だー」と考えを変えて、真夜中の知らない街を歩きまくりました。正味4時間くらい。大月は、晴れてたら富士山を望むのに絶好の場所らしいです。


当時のスケッチブックを読み返すとよく分からない文章がたくさん書いてありってこれが面白い


・真夜中に知らないマチでみるタヌキはおそろしい。タヌキはすばしっこい。やたら 夜見るとこわい。不穏な感じ。
・おはかがあったらみないようにして歩くオレ。 午前4時
・立ちどまると音もなくて不安になるから歩きつづけるオレ。くつずれをおこしはじめる足のうら。
・まず重心を右にかたむけ、左足のつまさきで地面を押し、前にふりだし、かかとからつまさきの順で地面につく。そして重心を左にかたむけて、右足をふりこのように前にだし、同じくかかとからつまさきの順で地面に着地する。このくりかえしで歩ける。半袖のオレ。しらないまちをあるくオレ。
・ひるまはヤマだったものが、よるは大きなクラヤミの口になってまちをぐるっと囲んでいる→そこにポツポツと家々のあかりがうかんでいて、それは今のオレには心づよい味方に見える。
・コンクリートのようへきにのぼって甲州街道のでっかい交差点をみおろした。車は5分に1台くらい。街頭にてらされて不気味に光るアスファルトの道路と派手な信号機のランプの色。自分の身体は小さい!!音がほとんどない。あんな圧倒的な孤立感ははじめてだ。あと5分座ってたらちょっと頭おかしくなってた
・にいにいぜみもないている。あちこちで鳥の声がする。4時20分。ねむい。東京にかえろう。
・空があかるくなってきた。明け方の空の白濁した青にぼーっと月がうかぶ。ねむそうな月
・大月駅に朝もどるとオレと同じく終電までねすごしてしまったであろうスーツ姿のおじさんやおにいさんが5人くらいベンチでねていた。上着をふとんがわりにして 電車がきた。みんなのりこむ さあ電車よすすめ


というわけで大月は良いところだった!

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2009年7月11日 (土)

7月8日に明治大学へ茂木健一郎さんの特別講義を聞きに行ってきました。すげーたまたまなんですが。
そこでサルトルの「人間は自由の刑に処されている」という言葉を知りました。これは凄い!!!
『ドストエフスキーは、「もし神が存在しないとしたら、全てが許されるだろう」と書いたが、それこそ実存主義の出発点である。いかにも、もし神が存在しないなら全てが許される。したがって、人間は孤独である。なぜなら、人間はすがりつくべき可能性を自分の中にも自分の外にも見出し得ないからである。人間はまず逃げ口上をみつけることができない。もし果たして実存が本質に先立つものとすれば、ある与えられ固定された人間性を頼りに説明することは決してできないだろう。いいかえれば、決定論は存在しない。人間は自由である。人間は自由そのものである。もし一方において神が存在しないとすれば、我々は自分の行いを正当化する価値や命令を眼前に見出すことはできない。こうして我々は、我々の背後にもまた前方にも、明白な価値の領域に、正当化のための理由も逃げ口上も持ってはいないのである。我々は逃げ口上もなく孤独である。このことを私は、人間は自由の刑に処せられていると表現したい。刑に処せられているというのは、人間は自分自身を作ったのではないからであリ、しかも一面において自由であるのは、ひとたび世界の中に投げ出されたからには、人間は自分のなすこと一切について責任があるからである。
(実存主義とは何か)

ブッチャーズのファウストという曲の中で「運命という そして世の中へ品定めする間なく落とされ〜自由を仕方なく泳いでる」という歌詞があるんですが、この『自由を仕方なく泳いでる』という台詞は僕の中でかなりショッキングで、本当によく言ってくれたなあと思っていましたが、吉村秀樹はサルトルを読んでいたんですね。

「自由の刑に処されている」という表現はヨーロッパの哲学者がいかにもしそうですが「自由を仕方なく泳いでる」という表現はいかにも日本人がしそうな表現ですね。なんでだろう。湿度が高いからかな。案外そうかもしれないな。「生きる」と「泳ぐ」というのはなんとなく繋がりそうですね。ここが日本だからかな。眠れないなあ。

☆☆
「自由を仕方なく泳いでる」とう表現からは、灰色に濁った底の見えない深い海を、何かが集団でゆらゆら泳いでるイメージがわく。「魚」に集団のイメージがついてるのかな。あと「自由の形」みたいなバシッとした言い回しではっきりと伝えないでなんとなく濁しているような感じ。たいして「自由の刑に処されている」っていう表現からは「自由の刑に処されているオレ」みたいな個人のイメージがわく。一人の人間が十字架の前でバシッと宣告されている感じ。でも魚ってきいて一匹のそれを描く人がいてもいいし、集団の人間が十字架の前でバシッと宣告されててもいいよなあ。しかしまったく学問的な文章じゃないなあ。まあいいのだいいのだ

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2009年6月19日 (金)

思い出さなくなることってなんだろう 思い出さなくなることってなんだろう

僕は何者なのか 僕たちは何者なのか
何故生まれてきたのか 何故死ぬのを待つのか 生まれた瞬間から死ぬのを待つ
環境がよくなったから何になるのか 名が残るから何になるのか 「自由を仕方なく泳いでる」
ただ、人と気持ちが繋がるのはうれしい
僕は何者なのか
死んだらどこに行くのか ポリーは今どこにいるのか おばあちゃんは? ひいおばあちゃんは?
ホウちゃんは? メゾは? ザリガニは? カメは?
花は何故綺麗なんだ 僕の夢は何だろう
僕とは誰を指すのか 僕とは誰を指すのか ぼくとは、だれをさすのか
何故生きることはこんなにも厄介なのか
僕は、歩くのが好きだ 電車とか、車に乗るのはあまり好きじゃない
あと1日生きるのと あと100年生きるのとどう違うのか
みんなで歩くのが好きだ 生き物が好きだ

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2009年6月 3日 (水)

手がかり
 東京は下町葛飾区のお花茶屋という街で、ぼくは育てられました。葛飾区は東京二十三区の中でも不良少年、少女が多く、学力の低い地域と言われていて、特に中学生の頃は、友達と夕方までサッカーをしたり、近くの祭りに遊びに行ったりすると、よく怖い年上(場合によって年下)の兄ちゃんに絡まれて、非常にスリリングな思いをした事が何度かありました。ぼくは喧嘩を見るのは好きですが、するのは嫌いなので、絡まれたら相手を逆なでしないよう、言動に注意していましたが、それでも痛い思いは何度かしました。小学生の時も教室で机を投げられたり、休み時間に呼び出されてサンドバックにされたりもしました(今では結けっこう良い思い出ですが)。そんな土地柄のせいか、中学の頃の友達のうち半数ぐらいが高校を卒業したあと大学には進まずに、今では立派な社会人になっていて、エレベーター修理の仕事をしていたり、お父さんの会社(業務内容はよく分からない)を継いでいたり、二児の母になっていたり、スタジオミュージシャンを目指していたり、街の企業で商品開発をしていたりと、こういう訳なので、みんなが集まる同窓会では、その人の経験に基づいたいろんな話を聞く事ができて、凄く”ため”になります。
 高校は文京区の進学校に進みましたが”自由な校風”がモットーの、制服の無い、校則もただひとつ(構内では上履きを履きましょう)だけという、ちょっと変わった公立高校だったので、そこでもいろんな人と出会いました。中学で既に三〜四股をかけていたり逆ナンパされたりしてる人とか、パチンコで毎回一万円近く稼ぐ人とか、ロックが好きで、毎日革ジャンを着て学校来る人とか、今考えると本当に変な人目白押しだなあと思います。そしてここで出会った橋本君(東京芸大の先端表現学科に進学)という、”すごく”変な奴の影響で、ぼくは美術大学に進む事を決めました。
 そういう経緯を経てぼくは武蔵野美術大学の試験を受け、めでたく現役でムサビに入学しました。ここはとても環境の良い学校だと思います。例えば版画の授業を取ると、実際に作家活動をしている先生に作品を講評して頂けたり、社会学演習の授業を取るとフィールドワークのノウハウが学べ、実際にフィールドワークしたものを発表する機会を頂けたり、基礎デザイン学科の授業を取るとバックミンスターフラーの”シネジェティクス理論に基づいた造形”なるものをつくる機会を頂けたり、デザイン情報学科の授業を取るとプレゼンテーションの実践について学べたりと、非常に多岐に渡る分野で授業を展開していて、本当に素晴らしい学校だなあと思います。しかし学生はなんとなく、同じような雰囲気の人が多いな。と思っています。何故でしょうか。これはぼくにとっては大変興味深いテーマです。

普通の人と変な人
 入学当初、ぼくは美術大学について、変な人の寄せ集めみたいなイメージを持っていましたが、いまでは「高校の方が変な奴ばっかりだったなあ」と、ちょっと感傷に浸ってしまいます。ムサビで変な奴はとことん変わっていて、それはちょっと天然記念物ですが、割合で行くと一割が「天然記念物」、二割が「国宝」で、のこり七割は「普通のひと」に分類されてしまうのではないかと思うほど二極化しています。「変な集合の中で、なおかつ個性的になろうとすると、結果的に普通になっちゃう」という理論を橋本君が唱えていましたが、これは言い得て妙だと思います。
 話が逸れました。この「なんとなく同じような雰囲気の人しか集まらない現象」は美術大学に限らず、大学という教育システムが宿命的に背負わざるを得ない問題です。

建築
 この時代に建築を学ぶにあたって「まわりに似たような雰囲気の人しかいない」というのはちょっと危ない事だと思います。これから社会は各自が各自のストーリーの中を自由に生き、それで成熟する方向に向かっていくと思いますが、建築はどのストーリーにも、例外無く関わってくる分野です。そんな分野の人が、ある一定の軸に沿ったストーリーしか知らないままプロとして仕事をし始める。という危険性を、大学の建築学科は秘めています。

個性
 「自分探し」とか「本当の自分」という言葉が何年か前に流行りましたが、今ではその考え方が自明なものになりつつあります。これは欧米のキリスト教文化に基づく思想です。
社会学者の宮台真司さんが『学校を救済せよ(一九八八年学陽書房)』の中で次のように述べています。
『ローカルな共同体的システムに依存した自尊心が広がりすぎている。例えば、官僚制的なシステムの中で肯定的に評価される事を自尊心の糧にしていれば、官僚制度を変える事に動機づけをもち得るはずがないわけです。その点については、日本人が欧米のユダヤ=キリスト教文化のように、「自分だけの内面」に呼応する神を持たないことが、やはり背景にありますね。どうしても自分の属する共同体に自尊心をゆだねてしまって、共同体への利害に自分自身を同化させてしまうことが起こりがちになるわけです。』
 ぼくが古い人間なのかもしれませんが「本当の自分」なんてものは無いと思っています。ひとは一人では成長できません。どんなに博識で頭が良い人も、何も知らない赤ん坊の時代があります。基本的に”知識”は環境から入力されるものです。A君がいて、B君からある話を聞き、その内容をC君に伝えたときに、A君は心の中にB君をそっくり住まわせ、それをC君に伝えますが、C君からしたらそれはB君の言葉ではなく、A君の言葉です。A君がD君からも話を聞き、B+Dの内容をC君に伝えたとしても、C君からしたらそれはA君の言葉です。それがA君の「個性」です。個性とは全て、ここでいうA君のようなパターンでしかありません。自分の中をいくらさがしても、そこから個性は見つかりません。そんなことをすればするほど自分の世界の中に閉じこもってしまい、結果的に「普通」の人になってしまいます。個性は、第三者(ここでいうC君)が関わってきて初めて生まれるものです。人と人とのコミュニティの中でのみ個性は存在します。ぼくはこれを「鏡を見ない生き方」と言っています。

排他的内向馬鹿
 日本人は伝統的に共同体体質なので、すぐにはキリスト教的な「個性は自分の中にある」という価値観に馴染めない。(しかも当人がそれに気付いていない現状がある)それでも、欧米のキリスト教文化(と、対応する資本主義という考え方)が基本的なモデルとなっている今日の世界では「本当の自分」という考え方が自明なものとなっています。それまで自分を肯定してくれたはずの地域共同体や家族共同体はいまや空洞化してしまいました。すると当たり前ですが、わたしたちの心の中に取り残された「共同体意識」と「本当の自分という意識」が摩擦を起こします。その結果人々は、自らの心の中に新しい世界(共同体の代わりになるもの)を作り出し、そこに属することで実存の糧にしようとします。自ら作りだした内向世界の中に浸り、それで満足してしまう傾向が見られるということです。自分が今興味を持っているもの以外は「興味ない」と平気でつっぱねる馬鹿があまりにも多いです。
 フランスの作家ユイスマンスの小説「さかしま」の中で主人公デ・ゼッサントは、「生産」を至上の価値とする世の中のすべてに嫌気がさし、こうした社会的な影響力から遠く逃れ去るため、パリ郊外にある小さな屋敷に隠遁し、部屋の内装や植物に多額のお金をかけて自らの「夢の世界」をつくり恍惚に浸ります。この小説は百年以上前にかかれたものですが、まさにこのような「さかしま的現象」が現代の日本人の精神世界の中で無意識のうちに起こっています。(しかし、デ・ゼッサントはあらゆる芸術、文学、宗教に精通し、そのなかで自ら好みのものを選び抜いていきました。現代の日本人は「何も知ろうとしない、攻撃的なデ・ゼッサント」です。これは救いようがありません)

音楽雑誌界
 先日、武蔵野美術大学の講師でもある佐々木敦先生が主催している「楽しい音楽」というイベントに行ってきました。「音楽雑誌編集長大座談会」なる企画があったのですが、そこで佐々木先生が”いま洋楽が面白いのに、読者の食いつきが悪いのは何故か”と言う問題について『リスナーの音楽の趣味が固定されている。「私はこれが好き!」という具合に、趣味のクラスター化が進んでいる。』みたいなことをおっしゃってました。またここ最近ミリオンヒットが少なくなっているのに、CDの出荷枚数は減っていないという事態が今のCD界で起こっているらしいです。これらは右に述べた内向世界論にそのまま当てはまります。誤解されてしまいそうですが、内向世界がまずいのではなく、それが排他的なのがマズいのです。

開かれた社会
 あらゆることに理由と説明が求められる現代の情報化社会で、いま人々が求めているのは「まったりできる閉じた場所」です。「学校を救済せよ」の中で尾木直樹氏は次のように述べています。
『いま学校設計では、オープンスペースが流行ってるんですよ。東京、地方を問わず猫も杓子もという感じで。先日も九七年四月にオープンした小学校に行ったんですけど、廊下と教室に何も仕切りが無くて、常にざわざわしてて、こどものかくれがもなければ、左右全部見られてる。こんな所だったら、僕だったら学校来れないなあと思った。』
宮台氏はそれに対し
『生き物は目に見えない、不透明性の高い場所でこそ巣を作るでしょう。三春町の桜中では、二回がロフトみたいなロッカールームになってて、そこには原則的に先生達は入らない。そこをホームベースにして、各時間ごとに自分の選択した教室に行く。休み時間にはホームベースに戻って「まったり」できるんですよ。それが重要なんですね。』
と述べています。ここでいう「オープンスペースが流行る」ということが、いまインターネット上で起こっています。ブログやソーシャルネットワーキングサービスの普及により、あらゆる個人情報(”今晩のおかず”や”好きな異性のタイプ”や”読んだ本”などなど)が公開てあたりまえになりつつあります。情報社会があまりに開かれたものになっていて、しかもそれは一見すごく正しいことのように見える。しかし人々が本当に求めているのは「人目につかずにまったり出来るホームベース」なので、どこをみても開かれまくっている社会の中、閉じた場所を探そうとすると、もう自分の内向世界に求めるしかありません。社会が開かれるほど、一人一人の心は閉じてしまいます

携帯電話
 たとえば、家が無くとも携帯電話があれば、自分のアイデンティティを保ったままあちこちに移動することができます。一度知り合った相手といつでも連絡を取ることも出来るし、二度と連絡を取らないことも出来ます。人々が自由に移動しながらいろんな人と出会い、その中でたとえば気の合う人とは連絡を取り続けることで共同体を形作れるような仕組みができれば。「共同体」を内向世界の中でなく、ネットワーク上に持って行くことが出来るほどに社会が成熟すれば、ここまでぼくがいってきたような排他的内向世界の問題は解決されることでしょう。これからは、違うストーリーを生きる人間同士がいかに共生していくか、それを探ることが重要課題だと思います。

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2009年5月31日 (日)

源ゼミ

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6月13,14日にオープンキャンパスがあります。僕はシャーペンの芯と練りゴムを使ってタワーを作って勝手に展示します。

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2009年5月 2日 (土)

これなら

これならいける

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2009年4月17日 (金)

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120年くらい前の本らしいですけどこれは衝撃でした。登場人物は一人のみで、ストーリーもほとんど無いという、かなりぶっとんだ、モーレツに世紀末的なスーパーアンチロマン小説。
なんの夢も希望もなくて、ついに欲望もなくしてしまい、生まれつき弱い体のせいでしそっちゅう吐き気とこめかみの鈍痛に襲われるし、すぐカトリックとか文学の事とかを考えちゃうし、そのせいでまた頭がいたくなって吐き気がしてくる主人公デ・ゼッサント!!!香水の組み合わせを考えていて、部屋に全部撒いてしまい、その匂いで倒れちゃう主人公デ・ゼッサント!!!

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「澁」という字にすごくドラマを感じます。次々押し寄せてくる大量の水を、一人もしくは大勢で、必死で止めようとしているイメージです。これからもし、頭の中の土手が決壊して、水が溢れ出して混乱しそうになったとき、僕は頭の中で「シブ!」と叫んで、あらゆる隙間からすり抜けようとする水を必死で抑えて混乱を沈めようと思います。

多分1年以上前の話だけど、その日池袋を歩いていたら、20センチくらいの黄色い鳥が地面に立っていました。生まれて初めて見る鳥でした。すぐ近くまで行ってみましたがそいつは微動だにせず、じっと空の方を見つめていました。そばにしゃがんでも逃げません。変な鳥だなあと思ってじっと見つめていると、だんだん怖くなってきました。鳥は立ったままピクリとも動かず、なんだか生きているとは思えない目をしてました。何かを深く考えて、その結果ある恐ろしい事に気付いてしまったような目をしてました。なんでこんな目をしているんだろう。自分の子供がカラスか何かに食べられたのか、巣が木から落ちてしまったのか、いろいろ考えましたが、その鳥の目線の先にはただ空があるだけです。目の前で手を振ってみてもまったく反応しません。でも、自分の足で立っているんだから確かに生きてる…。こっち向いたらどうしようと思ったら怖くなってきて、その場を去りましたが、未だに鳥の顔はしっかり覚えています。元気かなあ。

ひび割れた我が家から潮の香りがする。波が寄せて、引いて、というのはもしかしたら時間の不確実性。一寸先は闇。つねに一寸先は闇。何故にそうなる!?未来は案外わからない。何が吉と出るか分からない。なんて世界だ。

その手のひらに刻まれている何本もの筋の何本かに、神秘のバラが宿っている。秘密のオアシスがどこかにある。僕だけの場所がこの筋のどこかにある。リン。リン。世の人の狭い世界。君たちのその頭の中の、ミジンコが住むにちょうどいい程度の狭い世界に、まわりの心ない人間によって爆弾が落とされ、あなたの街が粉々に吹き飛ばされてしまったとしても、そんな事が、はたしてあなた以外の誰の脳内世界と関係がある。人間はそんなに不寛容な生き物ではないはず。

あたらしいあさ
いのちのいぶき
うつくしいうみべ
えがくえんぴつ
おとことおんな

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2009年4月14日 (火)

しょんべん小僧の独り言ー♪

「あーうんこがしたい」

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2009年4月11日 (土)

脳内活字全集第1巻P923より

まず、立ち上がってください。そして、一歩前に踏み出してください。右足でも左足でも構いません。君はたったいま、足を一歩前に進めた結果の、今のその景色が見えています。ではその、10歩先ではなにが見えるでしょうか?100歩先は?100万歩先は?100000000000000億光年先は?君が居るその部屋の天井に1つだけついている電球が放つ光が赤から青、黄、緑、白、黒、再び青、と変わっていったときに、君の心の中に磁石のように付きまとう、己の将来像に関する二次元的な考察は全く意味を成さないように思います。そんな無駄な努力をするよりも、左斜め下とか、右斜め下とかに目を向けて、狡猾な茨のごとく、泡にまみれた蟹のごとく、鏡を見ることを止め、人生についてあれこれ他愛もない思索をめぐらすのを止め、イカサマのような恋愛を止め、君のその場所から100000000000000億光年の彼方にある牝牛の瞳に映った広大な田園風景を眼前に出現せしめるべきだ。なにより、我らの人生、生きることそのものは苦であるとさえ言われる、気の毒な人生よ!幾千の星の瞬きを見ることもなく、シベリア狼の満月への咆哮を見ることもなく、ただただ死んだ魚の群のような喧騒の中で、自らの生涯を閉じ、あの世にのみ快楽を求めるというようなことを、君はしたいと思うのか。右手の人差し指から、腕を伝い、心臓を通って、左手の人差し指へとつながっている赤い糸。左手の人差し指と右手の人差し指を合わせることさえできれば!僕たちはいったいどうしてこの世の波を超えていく術を見出すことができるだろう。アルファベットと、電話機と、こめかみにときどき起こる鈍痛は、やがて君たちの頭から伸びる数本の透明な糸をすべて煩悩の統制という巨大なハサミ、悪魔のような、吐き気を催すほど下心に溢れた思想を味方につけ、いずれすべて切り落としてしまうかのようにさえ思えるのだ。さあ僕は何からはじめればいい?

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2009年4月 5日 (日)

雪虫や己の命の短しを知ってか知らずかもがき歩む

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北海道の夜は、まるで宇宙からのインスタレーションでした。星空と雪と地平線と山と森。そして小学校の灯り。星が瞬いてたなあ。どこをみても、空を意識せざるを得ないあの広さ!そしてあの寒さ!あれは死ぬ寒さだ。3月であれだもんなあ。次はもっと寒い時期に行きたい。そしてダイヤモンドダストを見る!0℃とマイナスとじゃ体感温度が違うことを実感しました。

沖縄は居るだけで心が開けてきて、とても良い気持ちになれた!
プライマルの「country girl」を聴きながら夜の那覇を歩いた時の開放感といったら!上を見ながら歩いていると、まるで夜空をなぞっているような!今でもはっきりと思い出せる!風景が脳みそに焼き付いて、いつでも頭の中の写真を見られる!その時の温度、湿度、まわりの音も、まだ覚えてる!一瞬で全てを説明できる!
エイボーさんが「さとし!お前もうちなんちゅだからな!うちなんちゅの血が半分入ってるんだからな!」と言ってくれたあの心意気!かっこよすぎる。沖縄に骨を埋めるのも楽しそうだなあ。いとこのマーキーやらアーヤやらさくらやらがもうすげー美人になってて一緒に居るだけでドキドキした。神田家の女性はみんな美人で人懐っこくて素敵だ。おじいとおばあも格好良い!おじい三線ありがとう!東京案内する約束をしたぞ
僕ら家族を親戚が30人も集まって、おじいおばあの長寿を祝った。おじいとおばあの二人の血がこうして繋がってこんなに素晴らしい交流が生まれて、みんなで笑い合える事は、本当に貴重で大事に守っていかなきゃならん!父も白髪が増えてきた。僕もそろそろお返しをする番だ。もちろん母にも。祖先の方々、全ての縁起の人、全ての景色、全ての音にも。ありがとうを示さないと
沖縄には「シーミー」という行事がある。ご先祖さまのお墓の前にブルーシートを広げて、親戚を大勢(多くて100人くらいいる)呼んで、お墓の前で宴会する超素敵な行事!死んだ人も一緒にしちゃううちなんちゅ!なんて寛大な、なんて涙が出る心意気だろう。
死はいつもすぐとなりで息をひそめている。それは後ろ向きな事ではないのかもしれない。
もーりーが言っていた「他人ってだけでスゲエんだよ!」という言葉を、沖縄で何回も思い出した。僕の想像も及ばないような視点で、ものを見ている人がいる。今の僕には到底理解できないような格好良さに憧れて、一生を捧げてしまうような人がいる。あんな離島にも、人の生活がある。まだまだ知らない事がある。というか今ほとんど知らない!できれば世界中の人の方法で生活をしたい。世界中の人の視点からものを見てみたい。考えてみたい!その一つ一つは、ほんのささいな違いかもしれない。でもその小さな差異から、無限とも思える通りの思考が生まれてくる。それはお互いに理解できたりできなかったりするけど、とにかくほんの数センチ違うだけで、多分世界がちがう。
だから東京に帰ってきて最初は「やっぱりここはなんだか冷たい街だなあ。みんな厚着してマスクして、ちょっと異常じゃない!?」と思ったけどすぐ「ほんの小さな工夫で、ここも沖縄のような寛大さをもった街になりうる」という手応えがあった。確かに感じた!
沖縄はまたゆっくりいこう

せっかく地球人として生まれてきたんだから
「夏はインドネシアが一番だけど、冬はロシアに限るなあ」
とか言いたい!

☆いつかこの僕たちの生きる時代も、僕たちが江戸時代の風俗画を見るような目で、どこかで見られる日がくるのだ!歴史は現在進行形で、考現学すなわち考古学。刹那滅。刹那滅。

☆「オタク」とか「いいかげん」て書いてあるTシャツとか、「自虐ネタ」とか、「I Love 〜」とか、いっぱいある。そんなに”自分”って大事だろうか。

☆古くなってしまった自動券売機のディスプレイ「ただいまカードは使えません」と表示されている

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2009年3月21日 (土)

最先端の芸術家

お彼岸なので、家族で墓参りに行く。春分、秋分の日を中日として、その前後7日間を言うらしい。知らなかった…恥ずかしい。ちなみにその期間に行われる仏事を「彼岸会」という。その彼岸会が、庶民の間に年中行事化したのは江戸時代。(広辞苑)
「ひなちゃんの日常」でも描かれていたけど、お墓の中の誰一人欠けても今の僕たちは存在していなかった。いや自分の家系のお墓だけじゃない。この墓場の中の誰か一人欠けていても、僕にも大なり小なり影響があった事だろう。
そう考えると、僕は墓場に眠っている皆様ひとりひとりに感謝しないといけない気がした。今生きている僕たちは、この気の遠くなるほど長い時間軸世界の末端構成員にすぎない。すぎないけど、僕たちはこの世にただ生きているだけで最先端の存在だ。未来を創っていける唯一の存在だ。いまこの世で生きている私たちは、一人残らず、生きている限り世界を創り続ける先端芸術家だ。全人類で芸術家集団だ。これは誰も逃れられない事実だ。

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2009年3月20日 (金)

鏡があるから、人は自分を見てしまう。自分を見る事なんてしなくていいのに。自分なんてものを見てしまうから、それに縛られて、気がつかないうちに身動きが取れなくなってしまう。まわりを見ているだけでいいのに。景色がゆっくりと流れていくのを見ているだけでいいのに。鏡があるから。できれば、鏡なんて全部この世から消し去りたい。誰もが、鏡を見る事をやめてしまえば、もっともっと優しい世界になるような気がする。僕は試しに鏡を見る事をやめてみよう。自分探しなんてクソ喰らえだ。


最近は、聡太とかのむとかたっきーとかとしやとかまっちとか松尾とかとの関係もあっさりしてきた。これは大人になると皆そうなるのかな。相手の事を、本当に自分の事のように考えられるのは子供だけじゃないだろうか。

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2009年3月19日 (木)

頭の中の分からない事キャパがいっぱいになったらどうすればいいのかなあ。次からどこに保存すればいいんだ。

今まで何を学んできたんだろう。社会にでて使いもんになる事がひとつでもあるかな。本当に何ひとつもわかってない愚か者が、うすっぺらでつるつるの思想も何もない頭で、今まで何を根拠にして言葉を口にしてきたんだろう。恥ずかしい。ちょっとでも人より真面目で頭が良いと考えるなんて思い上がりも甚だしい。気持ち悪い。

素直に、謙虚に、これだけのことが、何故か僕には凄く難しいです。何回やっても失敗を繰り返す馬鹿な頭だ。


凄い大きな田舎の家に住んで日の出と共に起きて夜が来たら眠る生活は楽しそうだな。田舎の大きな家っていいな。

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2009年3月18日 (水)

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 スペースシャトル「ディスカバリー」の打ち上げの写真を逆さまに見てたら、人間の欲望の世界の形を考えてみたくなりました。「南方マンダラ」という曼荼羅があるらしいです。それは"偶然"と"必然"を、「それぞれの線の方向には必然性があるが、二つの線が交わることに必然性は無い。交わった線は曲がったり曲がらなかったり」という図で説いたものらしいですが、ディスカバリーの打ち上げ写真を逆さまに見ていたら何故か南方マンダラの事を思い出しました。


 最近分からない事だらけです。


「峠」という字を考えた人に相談したい気持ちです。「山」と「上」と「下」で「とうげ」という漢字を考えられるような人間になりたいものです。単純だけど、とても完成度の高い漢字だと思います。


 演鑑演劇部の公演「終電スクロール」を観てきたのですが、そのなかで(たしか)黒い魚の
「鮮やかな思い出にすがっている」
という台詞を聞いて耳が痛かったです。ぼくはいろんな思い出たちから逃れられないでいました。

しかしすこし時間が経つと「すがっている」というのはどうも僕の心境とはちがうなあと思うようになりました。僕は、あまりに大きい思い出たちに、ただ感謝をしたいです。
僕のノートに書いてある「思い出があまりにも大きい」という言葉が指す心境は、後ろ向きなものではなくて、とても前向きなものでした。

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2009年3月 3日 (火)

『輝かしい日々を振り返るな。
 君はその時が来ていることにもう気付いているだろう?』

まさにいまおれは青春真っただ中なのかもしんない!けどしかし青春というものはそれが過ぎてから初めて意味を持つのかもしれませんね!現在進行で感じる青春は嘘っぱちだ!振り返ってこその青春だ!だから「一生青春」はダメだ!10代のころはきっと誰にだって、やり場のないモヤモヤがあって、なんだか分からないけどがむしゃらに突っ走る事しかできない!それを後から振り返って「あぁおれかっこわるかったなあ。」とか考えるのが青春じゃないのか?!しかし青春って言葉は誰が考えたんだろうね!「青い春」!それ考えた人と一緒に朝までビールのんで騒ぎたいな!

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おざなり

夜中に線路を歩いていたら運悪く警察に捕まり、小平署に連れて行かれたけど、「西武鉄道さんの御厚意のおかげ」で不起訴処分になった。もう小平付近で悪い事はできなくなってきたなー!チクショウ!ばーか!

チャリぐらいで指紋とるな!


京成線の終電の車内で、一人のスーツを着た30代くらいの男が、なんだかとても辛そうにして、ドアの前に下を向いて座り込んでいる。

黒い鞄を口にあてがって
「ウゥエ。ウゥエ。」
と呻いている。お酒を飲み過ぎたんだろう。今にも口から大量のものが出てきそうな呻き方をしている。

「ウエ。ウゥエ。」
とまた呻く。口から鞄に少し糸を引いている。俺は怖くなって、リュックの中からその日たまたまあったビニール袋を出して
「これ使いますか?」と差し出した。
「あ、ありがとうございます。…もう降りるんで。」と男は言って「大丈夫だ」というふうに手を振った。そしてちょうど開いたドアからふらふらと降りていった。ほっとした。

ふとまわりを見渡すと何人かが好奇の目でこちらを見ている。俺は何かおかしな事をしたのか。というか何故誰もビニール袋か何か探すそぶりさえ見せなかったのか。というか電話してるヤツもいる。なんだこの電車はどうなっているんだ。

<教訓>ビニール袋はいろんな事に使えるから捨てずに持っておくべき。

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2009年2月28日 (土)

いつのことか池袋を歩いていたら
喫煙所の清掃をしているおじさん二人をみかけました。
二人とも腰を90度近く曲げて黙々と仕事をしていました。

それは僕がいつも使っている喫煙所です。
せっかく見かけたんだし、お礼を言おう。そのついでに一服しよう、と思い
煙草に火をつけました。

そうしてしばらく観察していると
面白い事が分かってきました。
喫煙所には僕の他に10人ほどいたのですが
その誰一人として二人の清掃員に注意を払わないのです。

さながら舞台裏の黒子のように
清掃員たちはまわりから存在を無視されているのです。

まわりの人達は何をしているかというと
携帯電話をいじったり、電話をしたり
どこか遠くの方を見たりしています。

本当に
そこに清掃員が
いないかのように
振る舞っているのです

僕にはまるで二人が
池袋に住む影の存在。人間以外の存在
もしくは幻のように見えました。


「いつもごくろうさまです。」と僕が言うと
「ああ。どうも、どうも。」と一人が答えてくれました。
僕はなんだかほっとしました。

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2009年2月19日 (木)

堀北真希

4年くらい前に、タレントの眞鍋かをりを猛烈に決定的に好きになった事があった。
それは本当に胸が苦しくなるほどの恋で、初期はヤフーの番組表で毎週検索をかけて、眞鍋が出演する番組を全てチェックする症状にはじまり、深入りしていくと、トークショーに行って初めて生眞鍋を見た日の夜はよく眠れなかったり、当時のチャット仲間や2ちゃんねるのみなさんに相談に乗ってもらったり、眞鍋さんのブログを1日に何回も確認したり(すぐトラックバックすれば眞鍋さんに読んでもらえるから)した。今考えると気持ち悪いんですがね。

しかしどんなに好きでも相手が箱の中の芸能人ではどうにもできないので、それはそれは苦しかった。本当に笑えないくらい苦しかったのだ。当時の日記にも「叶わない恋といっても限度がある」と書いてある。なんだかんだ1ヶ月くらいそうやって苦しんで、そしてある日突然冷めた。何故そんなにも突然冷めたのか未だにわからないけど、とにかくおれは楽になってぐっすりと眠った。

その後菅野美穂や西田尚美にもハマりかけたけども、眞鍋の教訓を生かし深入りしないようにした。


そんなだから、芸能人への恋はもうこりごりなのだ。


先輩の家でたまたま、偶然手に取った「堀北真希写真集 Castella~カステラ」をつい開いてしまった。

とたんにおれは「うっ」と口の中でうめいた。おれはこれまで「TRICKトリック-劇場版2-」「篤姫」「SCHOOL OF LOCK!」などさまざまな充分にヤル気のある堀北を見て、聴いて来たつもりだったが、その堀北は、過去おれの見てきたいかなる堀北よりも凶悪だった。堂々と果てしなく圧倒的決定的衝撃的に凶悪だった。
どう凶悪だったか。筆舌に尽くしがたいとはこのことで、いくら微細詳細に
文字に書いてもその時の迫力と凄絶さは百分の一も伝わらないと思うので、一言で言うと、「カステラ」。おれは完全に侮っていたのだ。完全にやられてしまった。

しかも困った事に街へ出れば至る所にでっかい堀北真希がいる。なんだなんだこれは。ドコモはいったいどうなっているのだ。本当に勘弁してください。

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2009年2月14日 (土)

東京モグラ、序章

 ある日新宿でふと気付いた。何本もの道路が複雑に交わる交差点、横断歩道を渡るのは、様々な格好をした、様々な年齢層の人達。ぎゅうぎゅうに押し込められた灰色のビル群の隙間からお寺の屋根が頭をのぞかせている有様は明らかにヘンだ。見上げれば束になってうねる高速道路。その高架下にはデパートがあったり、駐車場があったり、川があったりする。東京は混沌としている。実体がよく見えない。
 さらに電車、バス、タクシーに代表される公共交通機関は、この街を日に日に狭くして、もはや移動はほとんど脳内で行われているのではないか。ぼくたちは、乗り換え案内を頭にインプットし、それを時間通りなぞれば、無事目的地にたどり着くだろう。

 いま東京は息がつまりそうになっている。要するにぼくたちはこの街に生き方を指図され、その重圧にあえいでいるのだ。生活様式をもっと優れた水準で組織する可能性は、ただ、この世界を再整備すること、より正確にいえば、この街を粉砕することからしか生れてこないだろう。

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2009年2月10日 (火)

何故か街には大事なものが無い

昨日、芸大先端2年の橋本君に誘われて、園子温監督の「愛のむきだし」という映画を観てきました。
 なんと本編が4時間という大作でちょっと疲れたけども、「4時間」という言葉の持つ響きほどの長さは感じませんでした。人それぞれ4時間に関する思い出があると思いますが、無いかも知れません。ぼくのそれはこの映画によって塗り替えられました。
 変態と新興宗教と愛をめぐる、めくるめく世界に猛烈に引き込まれ、スクリーンとぼくの間に「映像」があって、それを猛烈に観ていました。不思議な感覚でした。新興宗教の合宿の場で主人公のユウが言った「勃起を恥じるな。愛を恥じるな。」は、どうやらぼくの心に深く刻み込まれました。
 あの「ゆらゆら帝国」が初めて楽曲提供した映画でもあり、名曲『空洞です』が物語の中でとても重要な要素になっています。その歌詞にある「街」という言葉が指すモノはなんだろうかと思い、どうやら実体を掴めそうにないモノだなあ、見えないモノだなあ、と思いました。
 そして満島ひかりの制服姿があまりにかわいいからパンフレット買ってしまいました。渋谷のユーロスペースで3月6日までやっています。http://www.ai-muki.com/

 映画を観た後橋本君と、2月14日がバレンタインデーでもあり、全国煮干し協会が定める「煮干しの日」でもある事をふまえ(2(に)1(ぼ)4(し)。「1」は棒に見えるから「ぼ」)、煮干しとチョコレートはどっちが上かという議論をさくら水産にて始めました。
「煮干しはかむ時に顎が鍛えられる。カルシウムも豊富で、太る事も無い。出汁に使える事も大きい。煮干しの圧勝ではないか。」
「でも煮干しの栄養価が高いとか、そんなことはチョコレートからしたら痛くも痒くもないでしょ」
「そうだね。じゃあチョコレートの勝ちだ。煮干しはあくまでも煮干しである。」
 となりました。

「日記を書く事は編集かもしれない。」とは橋本君の言葉です。

そのまま渋谷のクラブに行って朝まで踊りました。踊っている間、ぼくの頭の中では『空洞です』の「何故か街には大事なものが無い。意味を求めて無意味なものが無い。」というフレーズが繰り返し流れていました。そして、橋本君のへんてこな動きはもはや神がかっていました。
なのでぼくはついさっき起きました。いま17時半です。

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2009年2月 3日 (火)

でも美味しかったからまた運試しで食べてみよう

先日「生牡蠣と日本酒の会」(勝手に命名)が開かれたので、ぼくも参加してきました。なにしろこの世に生を受けてからというもの生牡蠣というモノを食べた事が無いぼくです。実際それはそれは美味しくて、日本酒との相性は完璧、言う事ナシかと思われたのですが、その生牡蠣に大当たりしました(二日後の夜、急に気持ち悪くなり、お風呂の床にその日食べたものすべてをぶちまけて、ベッドでお腹を抱えてウンウンと一晩中のたうちまわってました。酷い人は二日間寝込む程だったらしい)。少なくとも居合わせた男は全員当たりでした。当たりといって嬉しくないのは食べ物だけですね。女の人に聞くのはすこし勇気がいるので聞いてないですが多分あたってますよね。

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2009年1月30日 (金)

我が家のワンコも老けた!歩く足はおぼつかない。ちょっと心配!でも、それで良い!オールライト!いつしか僕も死んでいく。あんたも死んでいく。誰だってねえ!
春は花粉が、夏は蚊が、秋は枯葉が、そして冬は空気が乾燥して、インフルエンザが流行します。
しかも、後からジワーと「楽しかったあ!」が来た時の僕の気持ちの浮き浮き但馬産最高級特選黒毛和牛雄5番+前菜+土瓶蒸し+シェフサラダ+ガーリックライスorガーリックトースト+香の物+蜆味噌汁+デザート白玉紅茶金平ベリリウム金柑塩化凸柑創立八十六周年コーヒーごぼうサラダ!
そんな嘘みたいな日々が嘘みたいに途切れる事なく続いていけばいいのになあ。 今夜も僕はベッドの舟に乗って、夢の世界に漕ぎ出すのだ!

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2009年1月29日 (木)

我が家のワンコも老けた。歩く足はおぼつかない。ちょっと心配!でも、それで良い!オールライト!いつしか僕も死んでいく。あんたも死んでいく。誰だってねえ!
春は花粉が、夏は蚊が、秋は寂しさが、そして冬は空気が乾燥しています。
そんな嘘みたいな日々が嘘みたいに途切れる事なく続いていけばいいのになあ。

さあ今夜も僕はベッドの舟に乗って、夢の世界に漕ぎ出すのだ!

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2009年1月26日 (月)

久しぶりに飲んだビールが、舌に残した感覚は、どこであろうと、この世界に、おおきな時代の変わり目に、いつであろうと、いま、僕は確かに生きているという、しるしとなってそれは、芭蕉の夢駆け巡る枯野に、おおきな嵐を呼び寄せ、風はしだいに、しだいにちいさくうずまいて、いつか見たような雲をかたちづくって消えていく。
(老いた愛犬の皮膚のような)とてもひろい砂漠で、いつか夢で見た青い水が、乾いたすなつぶをひとつのこらずうるおし、やがて、奇跡の泉となる定めのような瞳が、どうか、ぼくにも見えますように。

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2009年1月15日 (木)

 最初このレポート課題では、授業の中でも取り上げた、養老先生の言うところの「脳化社会」について書こうと思ったのですが、身近な所で少し考えさせられる事件が起こったので、そっちを書いてみようと思います

女友達のNさんから聞いた体験談です。
Nは、生理予定日の3日程前のある夜、付き合ってまだ1週間ほどの彼氏(S)との、初めてのセックスをしました。すると翌日から、特に危ない事はしていなかったはずなのに、生理痛がなくなってしまい、いつもはひどい生理痛がするNは不安に思い、その翌日に産婦人科を受診して、緊急避妊薬を処方してもらいました。性行為から48時間以内なら、75%の確率で避妊させるというものです。
ところが、緊急避妊薬を飲んで5日ほど経っても、生理が来る気配がありません。Nはいよいよ不安になり、Sに打ち明けました。Sの勧めで簡易妊娠検査薬を買って検査したところ、陰性という判定が出て、ひとまず二人は安心したそうです。

 「万が一妊娠したら、私は産むから。そのことはSには黙ったまま別れると思う。親の助けを借りながら一人で育てる。」とNは言いました。なんで俺には黙っているのかとSが聞くと、Nは
 「Sは絶対『一緒に育てよう』なんて言わない、多分『おろせ』って言うでしょう。でも妊娠する事は、命ができるって事だし、おろしたら多分私は一生後悔する。だから私は絶対産む。でも、Sまでそれを負担する事は無いから、別れる。Sの両親も悲しむだろうしね。悲しむのは私の親だけで充分。形は見えなくても、命だから。そもそもセックスは、子をつくるための行為だし、いくら予定外で妊娠しても、おろすのはおかしい。だから『できちゃった結婚』ていう言葉も大嫌い。」
その後、Nには無事(?)生理が来ましたが、もし妊娠していて、子を産んでいたら、多分Nは、世間の心ない人たちから「妊娠しちゃって、彼氏に捨てられたんだろう。かわいそうに」等と、冷ややかな目で見られる事になるだろうと思います。もしかしたら僕もその一人かもしれません。

 でもNの話を聞いていると、彼女の中には、そのような世間的な体裁などは、気にかける対象にすらならないほど、母性本能とか自己犠牲を厭わない愛(というべきか分かりませんが)があるように思えました。それを考えると、世間の共通認識である、「子をおろす事の倫理問題意識」は、彼女にとって、将来おそらく不利にしか働かない、非常に邪魔な物のように思えました。

 何が言いたいのかというと、このような、命や食品や差別や戦争など複雑な問題(というか身近な問題にも全て当てはまる様な気がしますが)を考える時に大切な事は、なにより人の話をよく聞いて、そこで自分はどう思うのか、その自分の感覚に素直なアクションが起こせるか、という事です。これを忘れてしまった心ない人の心ない言動が、誠実な人を傷つけている事件があまりに多い、という事です。

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2009年1月14日 (水)

今年の目標

ちょっと明けすぎてしまいましたが、おめでとうございます。

今年は、もっともっと世の中を無限に。たとえば、日曜の昼下がりに公園をチャリで走ってるおじさんは、実は新潟県の人で、チャリであちこち行くのが趣味とか。群れにいるあの一羽のハトは、今年栃木県から上京してきたとか。あの大型トラックは、実はドライブしてるだけとか。家の近くの林の木は全部、新種のキノコとか。目線を意識的に斜め上にすると、自分の部屋でも足元がおぼつかないとか。もっと世の中を無限に感じることができるはず!

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2008年12月31日 (水)

それでは

みなさま良いお年を。

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2008年7月31日 (木)

フジロックを忘れないために

24日15時半越後湯沢駅着。
マンションに着いて、部屋番号を1314と記憶していたのを、「杉原様でしたら1317ですよ。長年勤めていると覚えてしまいまして」と教えてくれたフロントの女性。あの人のおかげで気持ちよいスタートを切ることができた。彼女を忘れたくない。

フジロック前夜祭。
まさかBRAHMANのライブが拝めるとは思ってなかった。倒されないようにしながら必至で聴いたあの気持ちを忘れたくない。
てづが見つけた。髭の須藤さんが、レッドマーキーの中一人で踊っていたらしい。すぐに須藤さんを探したけど結局見付からなかった。悔しい!
ワールドレストラン入り口に並んでいた、100くらいのキャンドルの光がとても綺麗だった。
フランス料理のテントでクレープを頼んだ時、きれいな白人のお姉さんが「生ビールもどうですかー?」と言うもんだからつい買ってしまった。
その後三人で座って明日の予定を話している時、かわいいお姉さんが落ちていたライトを拾って「これ違いますか?違うなら…あげる!」と言った時のあの笑顔を忘れたくない。
マンションに帰ってくる途中、夜中の1時くらいに入ったお店で食べた梅茶漬けのダシがよくきいた味を忘れたくない。
25日
フジロック初日
行きのシャトルバス内、僕の座席の下から煙が出てきて焦臭いにおいがした。何人かの乗客がこっちを心配そうに見て、一人はしゃがみこんで座席の下を調べた。隣に座っていた白人のおにいさんが窓を指して「open.this window」と言ってくれた。僕が窓を少し開けると、「more」とか言うから、僕は大きく窓を開けた。
するとそいつは笑顔で親指をたてながら「yeah!」と言ってきた。僕もなんだか嬉しくなって同じように「yeah!」。煙が出たことで生まれた乗客の一体感と、あの外国人とのやりとりを忘れたくない。

会場の澄んだ空気と、苗場の山肌を滑る無数の雲を忘れたくない。
最初に観たライブは原田郁子。最後の一曲しか聴けなかったけど、「忌野清志郎さんのためにつくった」というその曲と、彼女のやさしい声を忘れたくない。てづは泣いていた。

グリーンステージの客席後ろにブルーシートを敷いて拠点をつくって、ステージのくるりの音を聴きながら焼きそばを食べてビールを飲んだ時、なんだかとても幸せな気分になった。ビールを飲みながら会場の皆と踊った「ワンダーフォーゲル」を忘れたくない。
その後TRAVISが終わるまでウロウロ。レッドマーキーのSPOONを観たり寝たり。雨なんて気にならなかった。
BLOC PARTYの「Helicopter」の時。若いお父さんが自分の子供を高く掲げてくるくる回っていた。僕は「ヘリコプターだ!」と思った。
曲は全く知らなかったけど好奇心から観に行ったTHE VINES。あの時間帯に出演するバンドとは思えないほど盛り上がっていた!
グリーンステージに戻り、前から2列目まで進み、KASABIANのステージを待った。雨がやんで、少しずつ暗くなっていくあの空を忘れたくない。
KASABIANが始まると、同時に10人くらいと密着しながら踊った。「Club Foot」の観客全員での合唱は凄まじかった。
「Reason is Treason」の時、僕は何かに向かって両手の中指をずっと起てていた。


my bloody valentineは今まで何度も再結成が噂されては、実現しないまま話が流れたから、今回もどこか半信半疑だった。後ろの人が「ここまで待たせてこなかったら…」と話しているのが聞こえた。
でも、来た。本物のケヴィンが、ビリンダが、17年ぶりに姿を見せた。

客は歓声を上げ続けていた。隣の若い女の人がずっとキャーキャー叫んでいて耳障りだったけど、すぐにどうでもよくなった。そして1曲目「I Only Said」の最初の1音で、なんか、全部が変わった。ノイズが生き物のようにうめいて歓声と音の区別がつかなくなって、僕はしばらく凍り付いて音楽にのれなかった。
KASABAINとかBLOC PARTYの「主張する音楽」とは全然違う、「包み込む音楽」みたいなこれが出来るのはマイブラしかいないんじゃないか!
ほとんどMCもなく、体も動かさずに淡々と大轟音を聴かせていた。CDでしか聴くことのできなかった曲達が目の前で演奏されていて、今日あった事全て含めて長い夢を見てるみたいだった。
最後の曲「You Made Me Realise」で、同じフレーズを(ノイズだからフレーズも糞も無いけど)15分くらいかき鳴らしつづけて、ライブが終わった。

てづ達を見つけて、3人でしばらく放心した。
「初日にしてフジロックもう終わったな。」と言っているお兄さんたちがいた。

オールナイトフジは、入場規制のため入れなかった。
嬉しそうに「よっしゃ!入れねーぜ!」と叫んだら何人かにうけた。

パイレーツオブカリビアンの曲を使ってパントマイムする大道芸見たり、レッドマーキーに行って踊ったり。寝たり。
そして帰りのシャトルバス待ちの列に、アートスクールの木下理樹が普通に並んでいた。金髪の女の子と一緒にいた。

で、帰ってきました。本当に夢みたいな2日間だった。
でも、少し日に焼けた自分の顔と、当分やみそうにない耳鳴りが、夢じゃないって言ってくれます。

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2008年6月29日 (日)

設計の提出日が水曜日なのに、今日バイトの初出勤してきました。和民。

疲れたけど今から図面引かないといけないので寝れません。ていうか水曜まで寝る訳にいきません。
そして明日はライブに行ってきます。暴挙。

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2008年6月22日 (日)

みうらじゅんと友達になりたいな

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2008年6月10日 (火)

ばあちゃんは凄い人だった。なんというか「浮き世離れ」していた。おおらかで、弱い方の見方になる仏様みたいな人。
ガンになっても最期まで愚痴とか弱音を吐かなかった。末期の肺ガンの痛みなんて想像もつかないけど、「痛い」なんて全く言わなかったし、抗がん剤の副作用で髪が全部抜けても「やめたい」なんて言わなかった。ただ「ありがとう」をよく言っていた。

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運命という、そして世の中へ。品定めする間無く落とされ。自由を仕方なく泳いでる

面白い事をやろうとか、誰も考えつかない事をやろうとか、課題をやらないと、コンペをやらないと、グループ展考えないと、芸祭考えないと、とか。恋愛のどうのこうのとか。
僕が家で寝てる間に秋葉原で起こった事とか、まさに今世界のどこかで起こっている、想像もつかない事とか。
肺がんで死んだばあちゃんの命日(ロックの日)に合わせて禁煙をはじめた。
そのせいか分からないけどものを考える全てがめんどくさくなった。すぐ治ったけど。

何か大きな驚きが欲しい。
UFOが見たい。
どっか遠い星に連れて行かれたいぜ。

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2008年6月 5日 (木)

ほんの50年前までは、それぞれの地域には独特の空気があって、そこに住む人々は地域の中で支え合いながら生きてきた。と思うと、今日の、住宅メーカーがつくる、商品化された無国籍な住宅が立ち並び、中で生活している人の気配も感じられない現状。これを問題としている人はたくさんいるけど、解決できない圧倒的な時代の流れみたいなものがあるのかな。なんだか涙が出てくる。

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2008年5月31日 (土)

5月31日

中野まで行って、学校行くのめんどくさくなったので、新宿に行ってきました。

東京都学生卒業設計コンクール@工学院大学
レベルの高いものばかりで、テクニック盗み放題。

wako works of art「ウォルフガング・ティルマンス展」
もう展示は終わっていましたが、スタッフの方が入れてくださいました。

ケンジタキギャラリー「アルフレッド・ジャー展」
初めて知ったチリの作家。社会問題を題材にした、ライトボックスと鏡と詩を使ったインスタレーション。

新宿眼科画廊「光興展」
作家さんと話が出来ました。しょうもない作品ばっかりで楽しかった。

ギャラリー・間「杉本貴志展」
今日が最終日。「水の茶室」は、一生忘れそうにない衝撃的な体験でした。

全て無料!
無料のギャラリーって良いよね

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2008年5月18日 (日)

ぼくは「変態」と言われるのが好きです。ゾクッとします。
また、変態だと自負しています。

「普通」を自称する人はあまり好きじゃないです。人の性格において「普通」ってなんですか?
普通なんてものは無いです。誰もが、誰かの変態です。

そう。おまえらみんな変態だ。


この変態が

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2008年5月14日 (水)

ゆとり教育

少し前の飲み会でとても話の合う人と知り合いました。一つ年上のその人に「ゆとり教育の被害者は君たちの代から」と言われて、そのときは若干腹が立ったけど、今日になって思い当たる事が次々浮かんできてしまった。自分達は一つ上の人達に比べて頭が悪い。一般常識に欠ける。

夜中の1時に、俺の寝ようとしている部屋の隣で、音楽かけて騒いでいる弟とその友達も、被害者だろうと思う。

怖いなー

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2008年5月13日 (火)

YATTA

「yatta.mp4」をダウンロード

これ見てたら涙がでてきた

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2008年5月 4日 (日)

おじさん文化について忘れないために書いておきたいこと

お花茶屋公園の人達を見ていると、人生の縮図を見ているみたい。

赤ちゃんとその保護者、女子高校の集団、たくさんのおじさん、おばさん。
特におじさん達の存在感は大きい。

小さい頃は友達と一緒に数々のおじさん達と遊んだ。
それぞれのおじさんには、僕たちの間でニックネームが付いていた

・ミニ四駆に出てくるメカニックマンに似てるから「メカニックマン」
・これでジュース買いなさい、と百円をくれるから「百円おじさん」
・セミが大好きで、セミの事に人一倍詳しいから「セミ博士」
・毎週木曜日に夫婦で来て、「一緒に教会へ行ってお祈りをしましょう」と誘ってくれるから「ハレルヤおじさん」
(こういう人達が活動しにくい世の中になってしまった。子供にとっても不幸だと思う)
・ハーモニカが上手いから「ハーモニカおじさん」
・通行人につばを吐くから「ツバ吐きおじさん」

今思い出せるだけでこれだけいる。この人達は、近頃見なくなった。(百円おじさんは亡くなったらしい)

しかし現在の公園にもおじさんはたくさんいる。
そんな中で、最近流星のように現れて、たちどころにおじさんの中の中心的おじさんになったのが「陽水」(声が井上陽水に似ている。母命名)
この人は政治問題や環境問題について、凄い勢いでしゃべりまくる。ただの酔っぱらいじゃない。
子供が好きらしく、よく話しかけている。無視されても話しかける。
朝、学校の時間に公園にいる女子高生に「学校行った方がいいぞぉ」と言う。
女子高生は「おじさんには関係ないから」と一蹴する。


最近の小さい子供は、同世代の友達ではなく、保護者と遊ぶ子が多くなった気がする。ましてやおじさんと遊ぶ子供なんていなくなってしまった。
おじさん文化は廃れてしまった。

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2008年5月 1日 (木)

「BMWのCMって独特でかっこいいよね」

「そうだねー」

「日本はそういう企業ないよね」

「そうだねー」

「トヨタもマツダも日産も。シャープも富士通もパナソニックも似たり寄ったりだよね。ソニーくらいだね」

「そうだねー」


気にしてるほうがおかしいみたいな

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今日の2限がもっちーと被ってて、並んで授業受けたぜ。ははは

終わったあと
「もっちーご飯食べようぜ!」って言ったら
すごい剣幕で「なんで?」って

あー

恋だ

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2008年4月29日 (火)

東山魁夷

昨日
課外講座で、敏子おばあちゃんの原子爆弾体験の話を聴いた。なんというか。忘れていた自分に腹が立つ。凄い話だった。出来るだけメモをとって聴いたから、少しでも伝えたいと思う。でもこういう場で文章には出来ない。


今日
ずぅっと楽しみにしてた東山魁夷展に行ったのです。近代美術館!

でも行ってみると撃沈。

絵はとても美しくて、1枚1枚が鳥肌ものだけど、自分と東山の間に絶望的な距離があって悔しくて、なんだかなぁ。

ただ、「夕星」で泣きそうになる。


同時開催してた「近代日本の美術展」で、意外な収穫が。

高松次郎の「影」を発見。
まさかここで拝めるとは。

ありがとう近代美術館

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めも

4月26日
森美術館でやってるターナー賞の展覧会に行ってきた。

ウォルフガング・ティルマンスの「君を忘れたくない」
とても好きな写真。作品名が良い!ぴったりだと思う
いま個展やってるから今度行こう。明日行くか

デミアン・ハーストの「母と子、分断されて」
実物はやっぱ迫力があって美しい。

この日はアーティストトークがあって、マーティン・クリードの話が面白い。登場してすぐ、30秒くらい凍り付いてしまって、やっと言った一言が「DVDを見せます」
それが、白い画面に女性が歩いて入ってきて、立ち止まり、口に指を突っ込んで、すごい量の嘔吐をして立ち去る。というもの。
「この映像は、私が作品を作る時の状態を表しています」と言っていた。
それを言うためにこれつくったのか。

4月27日
高校の友達2人と、グループ展の話という名目で会った。が、何も決まらなかったぜ

今日(28日)

そうた誕生日おめでとう。近いうち何かをするよ

亀ちゃんも誕生日おめでとう。近いうち何かしらの何かをするよ

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2008年4月26日 (土)

あー

「つまらん脳にメスを入れたいな」

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2008年4月24日 (木)

「地球にやさしく」というのは人間のエゴ。

地球の平均気温があと5度上がると人間は生きていけなくなりますが、人間がいなくなった後も地球は同じように回り続けます。ただのエゴ。ははは

このままいくとあと100年で5度上がるらしいです。それを2度で止めれば、人間はなんとか生きていけるらしい。
ちなみに「氷河期」の平均気温は、現在より5度低いだけだそうです。
やばくね

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